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Ciao ragazzi! Come state?(やぁみんな、調子はどうだい?)
さて、突然ですが、今回で【ジョカトーレまことの挑戦】は最終回となりました。
昨シーズンが終わったときに、イタリアに残って選手生活を続けるか、日本へ帰ってくるかで悩んでいたのですが、最終的には日本へ帰ってくることにしたのです。
イタリアへ渡って4年間。本当に、日本では考えられないような時間を過ごし、それと同じくらいの貴重な経験をすることができました。これも、今まで僕を応援してくれていた家族をはじめ、たくさんの方々の協力があったからこそだと思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。
15歳のときに、チームでイタリア遠征をして、カルチョに衝撃を受けて以来、夢であったイタリアチームでのプレー。1年目は、日本サッカー協会からイタリアサッカー協会への登録変更手続きや語学、プレーの違いなどさまざまな問題があり、契約には至らなかった。それでも、1年と決めていた留学期間を延ばしてまで挑戦した2年目に、念願のイタリアチームと交渉、そして契約成立。気づけば、サッカーで生計を立てること、すなわちプロ選手の仲間入りをしていたのです。
もちろん、夢はかんたんに叶うわけではないけど、僕は、自分を信じて決して最後まであきらめなければ現実のものになるというのを、自分の経験をもとに理解し、可能であることに気づきました。23歳の夏に初契約を交わしたことを考えると、15歳のときに夢を抱いてから、8年の歳月を要しましたが、それも、やはりあきらめることなく、時間がかかっても挑戦し続けた結果だと思っています。
イタリアに、こんなことわざがあります。
『Chi va piano,va lontano e sano』(ゆっくり進む人は、長く健康にいく)日本にも似たようなことわざがあったかと思いますが、まさに、僕のイタリア挑戦はそのような感じでした。そして、イタリア人たちも、またそのような生活スタイルを持っていることに気づかされました。普段から陽気で、細かいことは気にしない性格のイタリア人。その分、遠回りもありました。それが、良いのか、悪いのかは別として、結局向かっている方向が一緒であれば、いずれたどり着くことができるのだなと。
さて、僕は日本へ帰ってきてから神戸にあるFCフレスカ神戸というクラブチームで、指導者としての新たな挑戦への第一歩を踏み出しています。
このクラブは、僕がイタリア留学の夢を抱くきっかけとなった中学時代に在籍していたクラブで、現在もなおイタリア遠征を年に1回実施しています。そこで、僕は子供たちにいろんなことを伝えることができればいいなと思い、ここで指導者の道に進もうと決めました。これは、選手とはまったく別物の挑戦になるとは思いますが、イタリアでの生活や経験を元にして、子供たちと共に成長していこうと思っています。
最後になりますが、今までコラムをご愛読くださった皆様には、本当に感謝します。そして、そのような場を提供していただいたストライカーDXの皆様、本当にありがとうございました。
さて、これからは新しい挑戦です。
イタリアのカルチョ文化と、実際にプレーしてみて経験したことを、日本の子供たちに伝えていけるようこれからも進んでいきます。それでは、またどこかで。
Baci e abbracci 22,3,2010 Makoto |