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Ciao tutti.
先日まで温かかった天気がうそのように、吹雪きました。ペルージャの人たちもここ数年3月に雪が降ったことなどなかったとビックリしているくらい、変な天気といいますか、山の天気なペルージャです。
さて、前回の続きですが、カターニアで活躍する森本選手の成功例から、日本人選手がカルチョの世界で活躍するためには、何が必要なのかということを見極めていきましょう。
前回のコラムで説明した体の線の違いと、もう一つ大きな要素が隠されているのです。それは、メンタリティーです。これは、いろんな角度から考えていくことができるのですが、何よりもまずイタリア社会では、カルチョだけにとどまらず何をするにしても、自分の考えや意思を相手に主張できないと始まりません。つまり、謙虚な日本人の性質には到底合いそうにもないメンタリティーなのです。
日本の習慣として、他人を立てることが美学のようなとらえ方がありますが、イタリアではそのような習慣はなく、悪いいい方をすると、自己中心的な考え方が普通なのです。実はこのことが、カルチョの世界にも関係してくるのです。
日本では、得点を決めることはもちろんのことですが、それに加えて、その得点シーンを演出した選手にも賛辞が贈られることが多々あります。つまり、アシストという表し方で表現されるプレーです。それが、イタリアでは得点した者だけが評価される傾向にあります。ここからも、メンタリティーの違いが見えるでしょう。
ここで、カターニア所属の森本選手に目を移してみると、習慣は違いますが、どちらかといえばイタリア人的なメンタリティーの持ち主だということが分かります。イタリアでの彼のインタビューを見ていると、しっかりとしたイタリア語で答えているのはもちろんのこと、ストライカーとしての図太さが垣間見えるのです。カターニアTVが放映しているカターニアチャンネル(カターニアのチーム情報番組)では、気さくにインタビューに答えている彼がいます。ふてぶてしく、インタビュアーに難しい返事を返してみて、やりたい放題している感じが見えました。そうです、彼は本当にそこらへんがイタリア人らしいのです。
たかが、インタビューでと思うかもしれませんが、そこで、素の自分を出してインタビュアーを困らせるようなことは、簡単にできることではありません。僕も去年のチームで地元テレビのインタビューを受けたとき、緊張して普通の返事しかできなかったことを思い出します。その経験から考えても、森本選手には、ストライカー、そしてセリエAで通用するだけのメンタリティーが備わっているのだなと確信しました。
日本では、謙虚な姿勢は評価されるけれど、イタリアでは時として、その謙虚な姿勢がアダになることもあり得るのです。黙っていると、やる気がないのと勘違いされてしまいます。そういった意味でも、イタリアでプレーしたいのなら、自分を強く表す必要があるかもしれませんね。普段の会話でも、オーバーリアクションに見えてしまうイタリア人たち。実は、そんなところも、カルチョの強さの秘訣(ひけつ)になっているかもしれません。
こうした普段の生活から生まれてくる文化や習慣の違いが、選手のメンタリティーへとつながり、その国のサッカーに反映してくるのでしょう。そこがまた、サッカーの面白いところなのでは?
みなさんも、日本のサッカーを文化や習慣から分析して、もう一度考えてみてはいかがでしょう。意外と、そこから上達へのヒントが見つかるかもしれませんよ。それでは、また来週。Ciao ciao.
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