GAKKEN SPORTS BOOKS 最新版サッカールールブック
最新版
サッカールールブック
監修: 高田静夫
著: 三村高之
とっつきにくいサッカールールの内容を、日本人が理解しやすいようにジャンル分けして構成。判定の難しいケースもイラストを多く使って、簡単にわかるように解説。「日本でいちばんわかりやすいルールブック」の最新版。何かあったときに簡単に調べられる。
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ホルヘ・三村

南米通信 ~ラ・ビダ・デ・ホルヘ~

ホルヘ・三村
1960年10月23日生まれ。東京都出身。元々の南米サッカー好きが、89年のコパ・アメリカ取材を契機に沸騰。91年、気がつけば職を捨て、単身エクアドルに立っていた。現在はアルゼンチンのブエノスアイレスを拠点に、コパ・リベルタドーレス、コパ・アメリカ、ワールドカップ南米予選や各国リーグを取材している。そのかたわら、酒を中心とした南米各国のナイトライフにも造詣が深い。というよりそれに溺れ、酒とサッカーの日々を送っている。

アルゼンチン

■アベランジェ死去

2016.08.24

 リオオリンピックの開催中に、FIFAの元会長アベランジェ死去のニュースを聞いた。ブラジル人の彼は1974年から98年まで24年間もFIFAの会長に君臨し、サッカーをここまで発展させた人物。入院中のリオの病院で肺炎によって100歳の生涯に幕を閉じたそうだ。ホルヘがサッカー好きになったのは1974年のワールドカップからなので、ちょうどアベランジェ体制の発足と重なる。ヨーロッパ王者と南米チャンピオンが激突するトヨタカップにも彼は来ていたし、日本と韓国が開催を争い、結局共催となった2002年ワールドカップの決定もアベランジェ時代のもの。したがってFIFAの会長というと、いまでもブラッターよりアベランジェのイメージのほうが強い。

 オリンピックに商業主義が導入されたのは、84年のロサンゼルス大会からだといわれている。それまでは純粋なアマチュアの大会だったものが、これを機にプロ化へ加速する。金を集められる大会にするためには、それだけの“格”を備えなければならない。そこでIOCのサラマンチ会長(当時)は、すべての競技に世界最高レベルの選手を参加させようとした。しかし、アベランジェはこれを拒否。サッカーの世界一を決めるのは、ワールドカップだけという理想を貫いた。他の競技は、世界チャンピオンを決める大会が五輪と世界選手権など複数あるが、FIFAはこれを認めなかった。IOCは執拗に迫るも、アベランジェはオリンピックからのサッカー競技脱退までちらつかせて抵抗したといわれている。ロサンゼルス大会のデータでは、収容人数の多いメインスタジアムを使用する関係もあり、陸上とサッカーで五輪全観客数の51パーセント、つまり過半数を超える。どちらがどうだったか忘れたが、この51パーセントの内訳は25パーセントと26パーセントだった。サッカーが25パーセントだったとしても、全体の4分の1という観客動員数を誇った。このドル箱に去られては収入が大幅に減るので、IOCは譲歩して現在にいたる。これによりFIFAとサッカーの独立性は守られたが、そのためにワールドカップの価値が急騰し、札束の修羅場へとなってしまった。今年発覚したFIFAスキャンダルの源は、すべてここにあるのだ。

 リオオリンピックで陸上競技の会場となっているメインスタジアムは、通常オリンピックスタジアムと呼ばれているが、正式名称はニルトン・サントススタジアム。ニルトン・サントスというのは、このスタジアムをホームとしているボタフォゴで活躍した往年の名選手のこと。しかし本来の正式名称は、ジョアン・アベランジェスタジアムだった。ところが彼はブラジル国内でも人気がないうえFIFA会長時の莫大な収賄疑惑が持ちあがり、それによって13年に正式名称を変更されてしまった。彼は11年までIOCのメンバーで、リオオリンピック招致にも尽力している。リオ開催が決まったときは、自分が招致したオリンピックが、自分の名を冠したスタジアムで開催されると喜んだことだろう。その夢はかなわなかったものの、オリンピックの実現を目の当たりにできたのだから大往生だ。

 と、ここまで書いたら、レスリングで吉田沙保里が負けた。表彰式でも涙が止まらない吉田。よく、銀よりも銅のほうがいい、という話を聞く。3位決定戦がある場合は、1位の選手と3位の選手は勝って終わる。しかし、2位の銀メダリストは負けて終わるのだ。敗れた直後の悔しい中での表彰式。さらにメダル授与の後、カメラマンによる撮影のため所定の場所へ移動させられる。吉田にすれば、残酷な引き回しだ。しかも、その場所でメダルを持ちあげるポーズまで要求される。ホルヘもカメラマンとして、サッカーの大会の表彰式は何度も撮影した。以前ボカは、コパ・リベルタドーレスの決勝で負けて表彰式に出てこなかった。報道にとって、これはたまらない。負けた選手の悔し涙や落ちこんだ様子も撮りたいのだ。しかし今回の吉田を観衆の立場で見ると、可哀想に思える。オリンピックの規則は厳しく、表彰式ボイコットはもっての外で、表彰台でメダルを外してもペナルティーが科せられるかもしれない。ほとんどの銀メダリストは気持ちを切り替えて2位でも満足しているだろうが、吉田のような例もある。せめて表彰台を降りたら銀メダルを外していいとか、記念撮影では下を向いていていいとか、敗者をいたわる何らかの道を作ってほしいものだ。

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