GAKKEN SPORTS BOOKS 最新版サッカールールブック
最新版
サッカールールブック
監修: 高田静夫
著: 三村高之
とっつきにくいサッカールールの内容を、日本人が理解しやすいようにジャンル分けして構成。判定の難しいケースもイラストを多く使って、簡単にわかるように解説。「日本でいちばんわかりやすいルールブック」の最新版。何かあったときに簡単に調べられる。
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ホルヘ・三村

南米通信 ~ラ・ビダ・デ・ホルヘ~

ホルヘ・三村
1960年10月23日生まれ。東京都出身。元々の南米サッカー好きが、89年のコパ・アメリカ取材を契機に沸騰。91年、気がつけば職を捨て、単身エクアドルに立っていた。現在はアルゼンチンのブエノスアイレスを拠点に、コパ・リベルタドーレス、コパ・アメリカ、ワールドカップ南米予選や各国リーグを取材している。そのかたわら、酒を中心とした南米各国のナイトライフにも造詣が深い。というよりそれに溺れ、酒とサッカーの日々を送っている。

アルゼンチン

■ウルグアイのレスターシティ

2016.06.02

 イングランドでは岡崎のレスターシティが創立132年目にして初優勝を飾ったが、ウルグアイでも同じようなことが起きた。1917年創立のプラサ・コロニアが名門ペニャロールをアウェイで下し、99年目にして初優勝を遂げたのだ。このクラブは、首都のモンテビデオから東へ約180キロメートルに位置するコロニアがホーム。コロニアは歴史ある街で、ポルトガルやスペイン植民地時代の街並みが今も残り、世界遺産に認定されている。人口はわずか約2万6000人。アルゼンチンのブエノスアイレスは、ラプラタ河を挟んでちょうど正面に位置している。高速フェリーで1時間もかからない。ブエノスとモンテビデオの両首都を結ぶフェリーもあるが、コロニア経由にして、コロニアとモンテビデオ間はバスにしたほうが経済的。ホルヘはいつもそうしている。

 ウルグアイという国は、首都のモンテビデオに一極集中している。首都近郊の人口は国全体の半分近くにもなる。サッカーも同様で、1部リーグ所属16チームのうち、なんと12チームが首都のクラブ。そして今回プラサ・コロニアが優勝するまで、首都以外のクラブが1部リーグを制したことがなかった。ウルグアイのプロリーグは、地方のクラブにとって何かと不便なことが多いのだ。実はプラサ・コロニアも、長い間プロとは一線を隔て、地元のアマチュア大会だけに参戦していた。プロリーグ加盟を決めたのは1999年のこと。資金をつぎ込んで1部昇格を果たしたが、無理がたたって経営難に陥り、2005年には降格し、その翌年は資金不足でリーグに加盟すらできなかった。

 レスターは昨シーズン降格争いをしていたが、プラサ・コロニアは、18カ月前は2部の最下位だった。ここからチームを引き上げたのがエスピネル監督。実は、彼の本職は大工さん。薄給ゆえ、生活のために二足のわらじでがんばっている。アルゼンチン人の助っ人ストライカーは毎日自転車通勤だし、ピザ屋などで働く選手も多い。そして選手の平均年齢は21歳と若い。エスピネル監督がユースを担当していた時代に育てた教え子たちがチームの核となっている。日本でも下部リーグでは、選手やスタッフがサッカーだけで食べていけないクラブがある。しかしプラサ・コロニアは、サッカー名門国であるウルグアイのトップリーグに所属している。普通なら、レギュラークラスはマイカーを所有してそれなりの生活ができる。それだけでも驚きなのに、その超質素なクラブが優勝してしまうとは。何とも夢のある話だ。創立99年とはいえ、本腰を入れたのは18年前。そして経営危機という挫折を乗り越えての偉業だった。これは、将来のJリーグ入りを目指している小さなクラブに勇気を与えることだろう。

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