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7月最後の日曜日、ホルヘは日系人の6人制サッカー大会に出場した。ブエノスアイレス近郊のブルサコ地区にある日本人会のグラウンドが会場で、各地から集まった24チームが参加。ホルヘが所属するのは、アルゼンチンでプレーしていた日本人らで構成されたクラブ・マルガリータ。以前このコラムでも紹介したが、昨年12月にも同じ大会に参戦し見事優勝を果たしている。しかし、今回は優勝時とかなりメンバーが違う。貢献度の大きかったサッカー留学生2人は帰国したし、中心選手のコージとベストGKに輝いたユージが不在。優勝メンバーは、戦力外のホルヘを含め3人しかいない。参加申し込みはしたものの、仕事や所用、ケガなどで選手不足になってしまった。しかしそこをカバーしたのが、夏休みを利用してサッカー留学に来ていた高校生のトオル、ショウタロウと中学生のジュンペイ。われわれの仲間であるツッシーが受け入れ先となり、約2週間の予定でアルヘンティノスの練習に参加している。この大会は、彼らにとっても有意義な体験となったはずだ。
ギックリ腰以降ほとんど体を動かしていないホルヘは、当初、出場を見送るつもりだった。行ってもお邪魔虫だし、トレーニング不足でのケガが怖い。同じ日に「大使杯」という日系人のゴルフ大会があるので、とりあえず今回はゴルフ程度の軽いスポーツにしようと考えていた。しかし前々日になると前回優勝の興奮がよみがえって血が騒ぎ出し、連覇を目指して出陣することになった。アルゼンチンは今が冬。当日は朝から小雨模様で気温が上がらない。腰に爆弾を抱えたホルヘにとっては最悪のコンディション。再び弱気になり、「大量得点でリードしたとき、ちょっとだけ出してもらおう」と作戦を立てていたら、「ホルヘさん、先発で行ってください」といわれた。なんと、第1試合の開始時点で人数が6人ちょうどしかいないのだ。予想外の展開にとまどいながらも、遅れたメンバーが到着するまで無事にプレーをこなした。この「無事に」というのは、ミスをしなかったということではなく、「無傷で」という意味だ。試合は先制したものの逆転負けを喫した。
大会のシステムは、4チームによるグループリーグ(6グループ)を行い、各グループの1位と2位の上位2チームがベスト8のトーナメントに進出するもの。すでに1敗したので、残り2試合を大差で勝つしかない。第2試合は幸運なことに、相手チームのいちばんうまい選手が前半途中で一発退場になった。6人制で1人減るのは大きい。ホルヘは3-0となった後半5分から出場し、思いやり満点のパスを受け、無人のゴールへ押し込んで1得点を記録。どんなゴールでも1点は1点。うれしいものだ。やっぱり、来てよかった。この試合を5-1とし、第3試合も3-0の勝利。ホルヘは第3試合で3-0となった残り30秒でピッチに入り、グループリーグ全試合出場を果たした。チームは各グループ2位の中での2位となり、ギリギリでベスト8に進出。準々決勝は、数日前に着いたばかりの留学生トオルが相手選手とケンカ寸前となるほどの度胸のよさをみせたが、結果は0-2で連覇の夢はここで途絶えた。
大会中、降ったりやんだりの雨は徐々に強さを増していった。寒さに震える選手を助けてくれたのはアサードの炭火。アサードはアルゼンチン式バーベキュー。会場にはバーベキュー台がいくつも設置されており、われわれもそのひとつを拝借した。試合で濡れてはその前に集まって暖を取り、そしてまた濡れに出かけていく。隣のグループは豪快に子豚1頭を丸焼きにしていた。丸焼きといっても腹から開いてあるが、足や顔はついたまま。アサードは牛肉が普通だが、子羊や豚、鶏も焼く。また極太のチョリソやモルシージャという血の入ったソーセージも定番。さらに好みで内臓を加えることもある。われわれはチョリソとハンバーグだけという質素なものだったが、3試合を終えた空腹と寒さの中だけに格別の味だった。アサードはアルゼンチンの屋外行事に欠くことのできないものだし、サッカーも同じ。弱火で時間をかけて肉を焼きながら、その間にサッカーを楽しむのが、アルゼンチン的な休日の過ごし方だ。 |