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『日本、惜しかったね」と何人かのアルゼンチン人にいわれた。日本vsイングランドのことだ。あの試合のとき、ホルヘはネットで日本の新聞を見ていた。こちら時間、日曜の午前中のこと。新聞には、「日本先制」「1-0で前半終了」など試合の速報が載っていた。試合の模様がネット新聞の記事でほぼリアルタイムでわかるのだから、便利な世の中になったものだ。と思っていたら、ホルヘは知らなかったのだが、この試合はESPN+で生中継されていた。あんなに珍しい展開の試合を見逃したのは残念なことだ。アルゼンチンはフォークランド(マルビーナス)紛争でイギリスに痛い目に合っているし、最近またイギリスがフォークランドの海底油田調査を強行したことで反感が高まっている。あのまま日本代表が勝ってくれたら、アルゼンチンに住むわれわれ日本人は結構いい思いができたと思う。
アルゼンチン代表は29日に現地入りした。同じ飛行機に悪名高きバラスブラバス(フーリガン)も同乗していたので、ちょっと問題になっている。中には外国旅行禁止のはずのバラスもいた。もっともこんなことは毎回起こるのだが、この問題について告発している団体のことを初めて知って驚いた。なんと、「アルゼンチンサッカー暴力被害者家族の会」というのがあるのだ。さすが、これまでにサッカー関係で300人以上が死んでいる国だけある。もっともこのバラスは、過激なサポーター集団というよりギャング集団に近い。応援するチームのスタジアム周辺は彼らの縄張りで、試合のときは公共道路へ駐車しても、彼らが駐車料金を徴収する。それも、スタジアムから2ブロックまではいくら、3~5ブロックまではいくら、と勝手に決めている。その料金たるや、一般の有料駐車場よりはるかに高い。もっとも駐車場が足りないから路上駐車するしかなく、支払いを断れば、試合観戦中に車は壊される。他にもチケットの横流しなどで、幹部クラスはかなりの収入を得ている。そこで利権をめぐり、内部抗争まで勃発するのだ。
先日、悲しいことがあった。アルゼンチンで最も仲のよかったアミーゴが亡くなった。彼は8歳のときにこっちへ来た日系1世の移民者。当然ホルヘはお通夜とお葬式に参列したが、じつはこれがアルゼンチンで初めての不祝儀。タレントのサンコンが、日本の通夜に行ったが作法がわからず、前の人がやるとおりにマネしようとした。しかし背中からで、よく見えなかったので、「たぶん、みんなこうやっているんだろう」と思い、お焼香の粉を口に入れてしまった、という笑い話がある。悲しみの思いとは別に、何か失敗して恥をかくのではなかろうかと緊張しながらのお通夜デビューとなった。
こちらの通夜や葬式は、ラフな服装でいいことは知っていた。試合を撮影してから行くことになったので、ジャケットもネクタイもなしのジャンパー姿。ただ、色だけは上下とも黒にした。しかし会場へ着くと、喪主である未亡人は白っぽい普段着だし、娘はカジュアルなジーンズ姿。遺族は黒ずくめかと思っていたが、そうじゃなかった。さらに、5~8歳くらいの孫や親せきの子は、アルゼンチン代表のユニホームを着てはしゃいでいる。まあ、故人はサッカーが好きだったからこれもいいだろう。こうなると日本の通夜の常識は頭から抜け、「どうせなら、彼が好きだったリーベルのユニホームも誰か着てくればよかったのに」と思うようになっていた。
8畳が2部屋ほどの小さな会場は借りているが、葬儀屋さんはおらず、イスを運んだり飲み物を出したりは、遺族が率先して行っている。作法も何もない。ただ、故人をしのんで別れを告げるための集い。国による習慣の違いといえばそれまでだが、堅苦しい日本の式典より気持ちがこもる気がする。それにこれなら、間違いをして恥をかく心配もない。 |