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アルゼンチンは「ビセンテナリオ」でお祭り騒ぎになっている。ビセンテナリオの「ビ」は、バイリンガルやバイセクシャルの「バイ」と同じで、「二つ」や「複」「二重」という意味。センテナリオは「100年」なので、ビセンテナリオは200年ということ。つまり、200周年のお祝いなのだ。しかし建国200年かというと、そうではない。1810年の5月25日がスペインからの独立運動(5月革命)の始まった日で、実際の独立は16年の7月9日となっている。ブエノスアイレス市内のメインストリートが、ヌエベ・デ・フリオ(7月9日)と名付けられたのはこれに由来する。祝賀期間はこのヌエベ・デ・フリオが車両通行止めとなり、各州や政府機関のパビリオン、コンサートステージが設置され、合わせてさまざまなパレードや催し物が行われた。ウルグアイの100周年ではセンテナリオスタジアムを造り、第1回ワールドカップを開催したが、「ビセンテナリオスタジアム」の建設は計画されなかったらしい。残念なことだ。
さてアルゼンチン代表も23名が発表された。意外だったのは、コロンのガルセが入ったこと。彼は30歳のDFで、04年まではリーベルに所属し4回の優勝に貢献している。代表歴は、ビエルサ時代にテストマッチ2試合に出場。マラドーナは、最近行われたハイチとのチャリティーマッチの1試合に呼んだにすぎない。この試合は国内組で編成されたB代表以下のレベル。ガルセは見事なクロスでパレルモのゴールをアシストしたが、ただそれだけ。とてもワールドカップレベルの選手とは思えない。彼が入ったことで、まずサネッティが30人の候補者から外れ、23人枠ではコロッチーニがはじき出された。とにかくこの人選は誰も納得していない。ガルセ本人ですら、ワールドカップは観戦するものだと思い、すでにツアーに申し込んでいたのだ。マラドーナは、世間を驚かせることで自分の権限を誇示しているのだろう。
24日にはカナダ戦が行われた。これは壮行試合でもあり、200周年祭の一環でもある。チャンピオンズリーグの決勝に出たメンバーと練習で脚を打撲したメッシはお休みながら、5-0の大勝。カナダとの力の差は明らかだった。日本もワールドカップでオランダ相手にこんなことになるかもしれない。しかしカナダも国歌斉唱では負けていなかった。じつにきれいなお姉ちゃんが、懐かしのボディコンみたいな衣装で歌ったのだ。それに対しアルゼンチンは、ちょっと腹の出た、どう見てもさえない男がさえない普段着で登場。もちろん有名な歌手だが、見た目では完全にカナダの勝ち。しかしハーモニカを巧みに使い、観客の合唱を呼び込んでなかなかのできだった。
国内リーグは入れ替え戦が行われ、ロサリオ・セントラルの降格が決まった。これもサッカー界では驚きのニュース。セントラルは、今や第二の都市といわれるロサリオ市でニューウェルスと人気を二分する名門クラブ。マラドーナがダダをこねて、南米予選のブラジル戦をリーベルのスタジアムから変更したときの会場がセントラルのスタジアムだった。練習施設も素晴らしく、クラブとしては一流の部類に入る。最近は経営が悪化し成績も悪かったとはいえ、自動降格を避けて入れ替え戦に回りさえすれば残留濃厚だった。相手のオールボーイスはブエノスアイレスがホームで70年代を中心に1部にいたが、クラブとしての規模は小さい。80年に降格し、3部に埋もれている時代もあった。入れ替え戦の初戦はオールボーイスのホーム。ここで1-1としたので、セントラルの優位は確実になった。しかし第2戦はまさかの0-3。セントラルは多くの決定機を作ったが、ことごとくオールボーイスのGKに阻止された。30年ぶりの1部昇格の立役者となったGKは、ルーカス・カンビアッソ。そう、インテルのカンビアッソの弟なのだ。この試合は23日に行われたので、前日は兄がチャンピオンズリーグに優勝し、次の日は弟が昇格と、カンビアッソ家は「ビ喜び」となった。 |