|
ケガの功名というべきか、病院で精密検査を受けるためアルゼンチン行きを延期したおかげで、10数年ぶりに日本で桜を見ることができた。満開の桜の美しさは、日本人の魂を揺さぶる。そして大勢の人が花見に繰り出す。これも日本ならではのこと。日本人は、みんな桜が大好きだ。毛虫が発生するというマイナス要因には目をつぶり、わずかな開花期間のための桜並木があちらこちらに存在する。しかしフト思ったのだが、将来、桜の花粉症が出現する可能性はないのだろうか。そもそも花粉症なんて言葉は、昔はなかった。環境の変化や人間が敏感になったことで、数々のアレルギーが生まれている。やがて、桜がアレルギー源になってもおかしくない。そうなったら、多くの桜の木は他の樹木に植えかえられてしまうのだろうか。
一期一会という言葉がある。次回、桜の時期に日本にいられるのはいつか分からない。さらに、そのとき桜の花粉症がすでに蔓延(まんえん)していれば、今のような大量の桜を目にすることはできなくなっているかもしれない。となれば、今回のような機会は二度とないことになる。これはもう、一期一会の思いで花見に挑まねばならない。
10数年前の最後の花見では、友人が小学校低学年くらいの娘を連れてきた。ダラダラ飲み続ける大人のペースに子供が合わせられるわけもなく、やがてジレ出して、ついには食べ物を粗末にするようなことをした。これを見たホルヘは、すかさずその子を怒鳴りつけた。最近の子供は他人からしかられることに慣れていないので、これはかなりショックだったらしい。それ以来、彼女にとってホルヘは「怖いおじちゃん」となった。後日、一杯やるためにこの子の家を訪れたら、「怖いおじちゃんが来る」というので神経性の腹痛を起こしたほどだ。しかしこうしたことこそが、記憶に残る一期一会の出会いなのだ。今年の花見でも、別の友人がもうじき4歳になる娘を連れてきた。一期一会のチャンスである。なにか粗相をしたらしかり飛ばしてやろうと虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたが、ずっとお父さんにべったりでスキがない。結局、この鉄壁のガードは最後まで崩れず、無念のタイムアップとなった。
2回目の花見は、総勢20名以上という大規模なものだった。内容も濃く、家で打ってきたソバをその場でゆでてふるまう、なんていう趣向まで用意されていた。それとは別に、料理のメインとなったのは「芋煮」だ。これは山形の名物で、サトイモと肉や野菜を大鍋でグツグツ煮るもの。話には聞いていたが、ホルヘはこれが初体験。もう、これだけで一期一会だ。そして初めて芋煮を食べて思ったことは、「芋煮は、サトイモが入ってないほうがうまい」ということだった。
出発が延びたことでもうひとつ恵まれたのは、クサヤが手に入ったこと。居酒屋で顔を合わす常連が、「たくさん送ってきたから」といって2枚くれた。クサヤとは、伊豆七島名産の強烈なにおいを放つ干物で、好きな人にはたまらないが、そうでない人にとっては悪魔の食材である。ホルヘのアミーゴに八丈島に縁がある日系人がいて、彼はクサヤを懐かしがっている。それで以前に一度もっていき、とても喜ばれた。現在のクサヤは真空パックで売られているものがほとんどで、これにより強烈なにおいは封じられている。しかし、犬の嗅覚はごまかせるのだろうか。前回は、麻薬犬にかぎつけられたらどうしようと真剣に心配した。しかし、麻薬犬は麻薬にしか反応しないのだ。クサヤに反応していたら、パンツにちょっとウ●コのついた人にも反応することになり、麻薬捜査官がてんてこ舞いしてしまう。アルゼンチンでは普通の魚を焼くだけで近所から文句をいわれるくらいなので、クサヤなどは絶対に家で焼けない。しかし件(くだん)のアミーゴはオフィス街で日本料理屋を経営しており、夜にそこで焼けば問題はない。
しかし、出発が遅れて得をしたばかりではない。ボカの新監督のアルベスが、不振続きで辞任してしまったのだ。いずれこうなることは分かっていたので、それだけに一期一会での取材を楽しみにしていた。「今回がラストチャンスかも」という思いがあれば、何をするにも気持ちがこもる。日々、こうした思いを忘れずにいたいものだ。アルゼンチンに着いて、早速ゴルフのコンペに参加した。ゴルフ場は近いし安いので、こちらにいると、いつでもゴルフができる感覚になる。スタートはまあまあだったが、4番ホールでOB5発を叩き15打という悲惨なスコアになった。いくら下手くそなホルヘでも、パー4で15打は珍しい。一期一会の思いで挑まなかったら、15(イチ・ゴ)一会になってしまった。もう二度と、こんな派手なスコアとは出会わないようにしたいものだ。 |