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昨日、元フリューゲスのモネールと久しぶりに会った。彼はラシンの新監督ビバスとアミーゴだというので、ラシンの練習に行っていろいろな人を紹介してもらった。その中に、面白い人物がいた。床屋さんである。なぜか、ラシンのスタジアムには理容室がある。一般人も利用できるが、選手の多くがここで髪を切ってもらうそうだ。元マリノスのメディナ・ベージョは今でもここの常連で、数日前にも来たという。そしてこの床屋さんは歌手でもあり、「アベジャネーダの歌」というCDを出している。それをホルヘにプレゼントしてくれた彼は、「私はアベジャネーダの文化を守り、この町のことを広く知ってもらうために歌っている」といっていた。
アベジャネーダというのは、ラシンの本拠地である町の名前。ブエノスアイレス市のすぐ隣で、ドブ川のリアチュエロが境界となっている。アベジャネーダにはインデペンディエンテもあり、この両者の対決はアベジャネーダクラシコとして名高い。しかしそんなことよりも、この両クラブの関係が世界的に珍しいのは、細い道1本を挟んでスタジアムの敷地が隣接しているということ。スタジアム自体も、直線距離で約150メートルしか離れていない。世界王者に輝いた2つのクラブの、収容5万人以上のスタジアムがこんなに近くにあるのは、世界でも例のないことだ。
モネールには、以前から伝えたいことがあった。「メールで教えてあげよう」と思いつつ忘れていたことを、今回ようやく知らせることができた。それは、ラーメン情報。モネールは、ラーメンが大好物なのだ。彼はブエノスアイレス市から約100キロ離れたメルセデスという落ち着いた町に住んでいる。そして用事でブエノスに出てきたとき、ラーメンを食べるのがささやかな楽しみ。しかし、日本食ブームで日本レストランが増えているとはいえ、その多くは怪しげなインチキ料理を出す店ばかり。まともな日本レストランもメインは寿司で、メニューにラーメンを掲げているところは少ない。これまでモネールは、ベネズエラ街2145の「いちそう」を行きつけの店にしていた。ここのラーメンはウマイ。細麺で、昔ながらの中華ソバという感じのアッサリ系。ホルヘ好みの味だ。
モネールがラーメンの味を覚えたのは、当然ながら日本でのこと。以前ホルヘが、フットボールライフ・ゼロという雑誌のインタビューで彼から聞いた話によると、フリューゲルスの前身である全日空時代から通っていた、練習グラウンド近くの「エスケチア」という店のラーメンが最高だという。しかし、エスケチアなどという名前の店があるとは思えない。たぶんエスケチアの「ア」は「ヤ」=「家」であり、「エスケチ家」に発音が近い店なのだろう。そしてこの謎は後日、フットボールライフ・ゼロの中山編集長によって解明された。「モネールが好きだという店は、介一家(すけいちや)ではないのか」というのだ。「エスケチア(ヤ)」と「すけいちや」、うーん、似ている。さらにスペイン語は、スキーがエスキー、スペシャルがエスペシアル、ステーションがエスタシオン、スペルマがエスペルマと、英語なら「S」で始まる言葉が「ES」になることが多い。したがって、習慣的に「すけいちや」の前に「E」をつけたと推測される。
こうして、エスケチアが介一家であることはほぼ明白となった。そして、介一家のラーメンはとんこつスープのコッテリ系で、いわゆる「横浜家系」であることも分かった。ということは、モネールは本来コッテリ系が好きだということになる。そりゃそうだ、あのガタイとあの顔がアッサリ系で満たされるわけがない。それならば、ブエノスでもウマイとんこつラーメンを食べてもらいたい。しかし、そんな店があるのか。あるのだ。そしてこれには、ホルヘも一役買っている。
知り合いに、ミゲルという日系二世のパラグアイ人がいる。彼は現在ブエノスに住んでいるが、実家はパラグアイのアスンシオンでラーメン屋をやっていた。その関係で彼は中華麺を作ることができ、それを商売にしようと考えた。サンプルを日本レストランや中華レストランに配ったものの、なかなか注文は取れない。そんなときホルヘは、数年前に開店したアンチョレーナ街1251の「虹」という日本レストランの常連から、「以前は美味しいラーメンを出していたのに、今はやっていない」という話を聞いた。理由は、麺の仕入れだか製造の問題だという。そこで、その常連を介して店のママさんと連絡をとりミゲルを紹介。見事に商談が成立した。このママさんは腕が確かなだけではなく、料理に対して非常なこだわりがある。「ラーメンはとんこつ」といい切り、専門店並みに長時間かけてスープをとっている。この店のことを教えるとモネールは、「ホント、アルゼンチンにとんこつあるの?」と大喜び。パラグアイと日本のコラボ・ラーメンが、きっと彼を満足させてくれるだろう。 |