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「イタタタタタッ、ウー苦しい」。先ごろ、激しい胃痛に襲われた。夕方まではなんでもなかったのだが、ワインを飲みながら夕食をとろうとしたら、胃が張ってシクシクと痛み出した。この程度のことは珍しくないので、「たぶん、胃にガスが溜まったのだろう」と思い、そのまま晩さんを決行。しかしやがて胃がパンパンに膨らみ、痛みも尋常ではなくなってきた。ここにいたって初めて、「こりゃ、ヤバイ」と気づいたが後の祭り。眠れぬ一夜を過ごすことになった。
痛むのは胃である。それもピンポイントではなく、胃の内側全体がヒリヒリとしみるように痛い。それに加え、胃が膨らんで苦しい。これに似た症状は、エクアドルでカニに当たったときと、パラグアイでも経験している。そのときは、痛みに周期があった。ギリギリっというような強烈な刺し込みが数分続き、その後はしばらく楽になれた。しかし今回は、ずーっと痛くて苦しいまま。七転八倒とまではいかないが、とにかくジッとしていられない。脂汗を流しながらベッドや床の上をゴロゴロはい回り、胃を抱えながら意味もなく部屋の中を歩き回っていた。
やがて、痛みは背中にまで移った。「これは、おかしい。痛みの原因は胃ではないのかも」と不安になる。大使館の図書館で借りて読んでいる本が、医療小説の「白い巨塔」。2日前に読み終えた第1巻に、胃炎だと思われた患者が、実はすい臓がんだったという個所がある。ネガティブ思考の上、感化されやすいホルヘは、「うわ、膵臓がんだ」と思い込んでショックに陥る。しかし、痛みから少しでも気を紛らそうと熱いシャワーを浴びたら、背中の痛みはスッと消えた。どうやら胃の痛みに耐えるため、背中の筋肉が収縮していただけらしい。
翌朝いちばんで診療所へ向かう。ありがたいことに、ホルヘの家から6ブロックのところに日会共済会という日系の診療所がある。もちろん、ドクトールは日本語が分かる。「シクシク」「チクチク」「ヒリヒリ」「刺すように」「焼けるように」などという痛みの表現は各国独特のものなので、母国語のほうが症状は的確に伝わる。ここで治療を受けるのは初めてだが、ドクトールのことはよく知っている。なにしろ、麻雀仲間なのだ。ただし、優良メンバーというわけではない。とにかく遅いのだ。ツモや切るのが遅いだけでなく、「僕の番?」「南は僕の風?」などと、分かりきったことをいちいちたずねるのでイライラする。したがってときには、「先生、早くやってよ」「同じこと、何度も聞かないで」と声を荒げるが、今回は医者と患者なので下手(したて)にでなければならない。「どうしたの?」というから、「夕べから、胃がすごく痛くて」というと、「じゃあ、そこに仰向けになって」とベッドを指す。そして、「ここは痛む?」などと聞きながら触診し、ものの20秒足らずで、「じゃあ、薬出しとくから」といって診察終了。聴診器も使わない。麻雀はあんなに遅いくせに、なんで診察はこんなに早いんだ。これじゃ、安心できない。
しかしドクトールいわく、胃炎や食あたりなら、この薬で治まる。これが効かなければ、すい臓なども疑って検査する、とのこと。夜10時に携帯に電話して経過報告し、その状況によって今後の対応を決めることになった。そういうことなら安心だ。もらった薬は、痛み止めと抗酸剤などの治療薬3種類。それを2回服用すると、まだ胃に違和感はあるものの、痛みはほとんど治まった。10時の連絡でその旨を告げると、「やっぱり、胃炎だね。薬を飲み続けて、3日後にまた来て」とのこと。どうやら、すい臓がんの疑いは晴れたようだ。しかし明け方、また胃の痛みで目が覚める。痛み止めが切れたのだろう。薬が効いている間は痛くないが、それが切れると痛くなるということは、病巣は治っていないということだ。つまり、胃炎の治療薬が効いていないということに他ならない。「胃炎の薬が効かない。それって、胃がんじゃないのか?」。白い巨塔で、主人公の財前教授が医療裁判の被告となったのも、きっかけは、別の病院で胃炎と診断された患者のがんを発見したからだった。
読んだ本、見た映画にすぐ影響されるのは悪い癖だ。おかげで、よけいな心配をしてしまう。2日後から明け方の痛みも起こらず、やがて痛み止めを飲まなくても大丈夫になり、ドクトールから飲酒の許可も下りた。しかし、「安いワインはやめたほうがいい。1本25ペソ(約750円)以上のものにしなさい」という。いつもホルヘが飲んでいるのは、この半分くらいの値段のもの。診療代、薬代を払ったうえ、酒代までかさんでしまうとは。「健康は金に変えられない」とは、よくいったものだ。 |