|
チャンピオンズリーグの決勝は、さすがに見応えがあった。世界最高峰のサッカーといわれるのもうなずける。とにかく、世界中から優秀な選手を集めて、優秀な監督が毎日トレーニングしているのだから、ワールドカップより完成度が高い。こんな試合を見ていると、アルゼンチンリーグですらボールの蹴り合いに思えてくる。
自らのレベルを上げるためには、優れたものをマネすることがひとつの方法だ。有名選手のプレーをマネすれば、わずかながらでもその選手に近づける。たとえマスターできなくても、マネするために繰り返しそのプレーを練習するという行為が上達につながる。しかし、バルサの戦術が現在世界最高だからといって、たとえば高校のチームがこれをマネすればいいのかというと、少し違う。根本が未熟なのに、世界チャンピオンと同じことをしようとしてもできるわけがない。表面上は似せられても、むしろ害となることが多いだろう。「あのタレントがテレビで着ていた服がカッコイイ」と思って同じものを着ることはいい。容姿はタレントに劣っていても、同じ日本人だから、世界規模で見れば似たようなもの。服だって奇抜なものではない。こうしてタレントをマネすることで、ファッションセンスが磨かれていく。しかし、想像してほしい。母親が突然スーパーモデルをマネ、パリやミラノコレクションのドレスを着たらどうなる。もはや似合うとか似合わないの段階を超え、「お母さん、どうしたの。しっかりして!」ということになってしまう。「目標は高いところへおけ」とよくいうが、高過ぎると自分を見失うことになる。
次の例は、目標が高かったわけではないが、見よう見まねでやったら違うものになってしまった、という話。アルゼンチンの料理番組で、ギョーザの作り方をやっていた。講師はアルゼンチン人の女性。たしかに、こういう番組の講師は大変だと思う。週に1回だか2回、常に新しい料理を紹介しなければならない。いい加減アイデアも尽きるだろう。そこでなぜだか、彼女はギョーザに救いを求めた。一般の人々にとって、これは非常にマイナーな料理だ。したがって、これを紹介しようという考えは間違っていない。ギョーザの作り方など、だれも知らないのだ。それを分かりやすく教えれば、立派な番組となる。ただ問題は、彼女も正しい作り方を知らなかったことだ。
具の紹介で、いきなりピーナツときた。エビ入りや大根入りという変わりギョーザを食べたことはあるが、ピーナツ入りというのは初めて聞いた。たしかに中華料理には、「鶏肉のピーナツ炒め」などがあるので、そのあたりから出た発想だろう。そして今度は、みじん切りにした数種類の具を、フライパンで炒め始めた。ギョーザの具を加熱するとは驚きだ。それを一度冷まし、ギョーザの皮に包む。包む工程は、普通のギョーザと同じだったので安心した。いや、正直にいうとガッカリした。どうせここまできたのなら、ピザ生地で特大サイズを作るなどのメチャクチャを期待するのが人情というものだろう。
続いての作業は「蒸し」となる。竹製の中華セイロが用意してあり、加熱されている具をさらに蒸すのだ。「このまま置くと皮がくっつくので、底にホウレン草の葉を敷きます」という、料理番組にお決まりのワンポイント・アドバイスもあった。しかし強くは否定しないが、どうせ敷くのなら、ホウレン草よりレタスの葉のほうがいいんじゃないか。なにしろ、ホウレン草の葉は小さい。こちらのレタスは、日本のサニーレタスみたいなものが一般的で、葉が柔らかいので下に敷くのに適している。しかもホウレン草より安い。やがて蒸しあがると、案の定ホウレン草はギョーザにへばりついて、それを取るのに苦労していた。
これで蒸しギョーザの完成か、と思ったら、今度はそれをフライパンに並べて、「3分ほど焼きます」というではないか。具を炒めて蒸して、今度はまた焼くだと? 一体、何度加熱するんだ。しかし、待て。元々中国では蒸しギョーザか水ギョーザが主流で、フライパンで蒸し焼きにするのは、残ったギョーザを温めなおす方法だった。しかし日本人に人気があったのは、このフライパンで焼いて底がカリっとしたものだったのでそれが普及した、という話を聞いたことがある。だとすれば、見よう見まねのこのインチキギョーザは、実は先祖のDNAを濃厚に受け継いでいるといえる。3度も加熱するという手間をかけ、魂がこもったこのギョーザからすれば、フライパンで蒸し焼きにするわれわれのやり方は、まさに「ギョーザ作って魂入れず」だったのだ。偶然というのはあるものだ。ということは、バルサをマネする高校生や、パリコレを着るお母さんが、見事に本質に行き着くということもありえるのかもしれない。 |