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ホルヘ・三村

南米通信 ~ラ・ビダ・デ・ホルヘ~

ホルヘ・三村
1960年10月23日生まれ。東京都出身。元々の南米サッカー好きが、89年のコパ・アメリカ取材を契機に沸騰。91年、気がつけば職を捨て、単身エクアドルに立っていた。現在はアルゼンチンのブエノスアイレスを拠点に、コパ・リベルタドーレス、コパ・アメリカ、ワールドカップ南米予選や各国リーグを取材している。そのかたわら、酒を中心とした南米各国のナイトライフにも造詣が深い。というよりそれに溺れ、酒とサッカーの日々を送っている。

アルゼンチン

■いろいろな記録があるものだ

2009.5.25

 5月20日、アルゼンチン代表vsパナマ代表のテストマッチが行われた。ただしこの試合のアルゼンチン代表は、すべて国内組。開催地もブエノスアイレスではなく、サンタフェ州のパラナという場所。さらに、テストとして期待の若手を起用しているものの、地元のコロン所属のフエルテスやボカのパレルモというベテランFWをリストに載せた。したがって、はっきりとした目的をもったテストマッチというよりも、地方巡業か興行といった意味合いが強く感じられる。当初打診したパラグアイに断られたのもそのためだろう。

 パレルモの召集は話題になった。なにしろ10年ぶりの代表復帰だ。彼は99年のコパ・アメリカで代表デビューを果たしたが、ギネスブックにも載ったという、1試合で3本のPK失敗という記録を作った。すでに35歳で、昨年はヒザを痛めて長期離脱もしたが、今季はまた順調にゴールを挙げている。ボカのパレルモとして国内リーグや国際大会で決めた総得点は、現時点で201点。これは、1931年のプロ化以降のクラブ記録だ。第2位は181点のバラージョだが、それは31年から39年にかけてのもの。少し活躍すればヨーロッパへ売られる現在において、ビッグクラブの通算記録を塗り替えるのは至難の業。彼もヨーロッパで3シーズンを過ごしたが、結果が残せず出戻った。そのおかげ(?)で、この奇跡的な偉業を達成できたのだ。しかし彼には、もうひとつ破るべき記録がある。それは、アマチュア時代を含めたクラブ通算得点記録の221点。これは25年から38年まで在籍したチェロが、アマで121点、プロで100点とふたつの時代にまたがって築いたもの。あと1年半か2年プレーできれば、充分に手が届く記録だ。

 しかしこのパレルモ、結局代表の試合には出られなかった。コパ・リベルタドーレスの日程が1週間ずれたため、代表戦の翌日にボカの試合が入ってしまった。しかもその試合でボカはウルグアイのデフェンソールに0-1で敗れ、トーナメント1回戦で姿を消すことになった。なんでも、ウルグアイのチームがコパ・リベルタドーレスにおいて、ボンボネーラでボカに勝つのは史上初めてのことらしい。ホルヘによる今回のコパ・リベルタドーレスの予想は、ボカとクルゼイロが本命・対抗で、穴がサンパウロFC、大穴ナシオナルとなっていた。ウルグアイ勢ではナシオナルと思っていたが、デフェンソールの進出は意外だ。そういえば、昨年も本命に押したリーベルが飛んでいる。しかし優勝と準優勝は、大穴のリーガ・デ・キトと対抗のフルミネンセで決まり面目を保った。今年もまだ、その可能性は残っている。

 マラドーナに招集されたもう1人のベテランFWフエルテスは、36歳での代表デビューとなった。これは、アルゼンチンでの最多年齢記録。開催地が地元であること、コロンがリーグで好調なことなどの要素はあるが、この先の代表に加わる可能性がない選手なので、普通なら呼ばないだろう。「現在活躍している選手を評価する」というマラドーナならではの人選といえる。マラドーナといえば、この試合のパナマ代表にバラオーナ(BARAHONA)という選手がいた。字を見るとそれほどでもないが、音で聞くとマラドーナに似ている。テレビのアナウンサーも、「ややこしいですね」といっていた。攻撃的MFとして小気味よいプレーを魅せ、見事なゴールも決めている。しかし、試合は3-1でアルゼンチンの勝利に終わった。

 こういった代表の国内興行みたいな試合は、ブラジルでも行われていたらしい。80年代、日本のサッカーがまだアマチュアのころ、日本リーグのプログラムを見ると、「元ブラジル代表」の肩書きをもつ選手が何人かいた。しかし、その名前は聞いたこともない。「さすがにブラジルだ。国も大きいし、知らない代表選手がたくさんいるんだな」と思ったが、ちょっと待て。代表選手の数は、国の大きさに関係ないだろう。後年になって知ったのだが、これは代理人のトリックだった。代表監督に、「試合に出さなくていいから、次の興行試合にこの選手を呼んでくれ」といって、20万円程度を渡すのだそうだ。監督といっても、興行試合の場合は臨時監督みたいなものなのだろう。選手1人の名前を加えるだけで20万円もらえるなら、断る理由はない。こうして「元代表」という肩書きをつけることで、外国に高く売ることができる。当時は国際Aマッチの基準が確立されていなかったから、こうした抜け穴がたくさんあったのだ。森田健作の「自称剣道二段」みたいなものか。

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