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30時間の長旅を経て、ブエノスアイレスに到着した。前回のコラムに書いた、鬼門ともいえるエセイサ空港の税関も無事通過。中身を調べられることなく、質問だけで済ませてくれた。空港からは、レミスと呼ばれるハイヤーで自宅へ向かう。ただこのレミスは、日本のハイヤーほど高級ではない。使い方によっては、タクシーより安くなる。それでいて流しのタクシーより安全なので、長距離の場合はよく利用する。とはいえ、業者にとって空港発の営業は稼ぎ場なので、市内から空港への料金より高い。メンバーズカードをもっているホルヘは108ペソだが、一般客は120ペソ。たしか4カ月前までは、メンバー料金が95ペソだった。最近は物価の上昇が激しく、ついに100ペソを超えてしまった。もっともペソが下落しているので、円建てでは逆に安くなっているくらいだ。ちなみに、100ペソが約3000円といったところ。
自宅に着いたら、まずはお掃除。出発前に掃除をし、その後無人だから綿ボコリなどはない。しかしアベニーダ・インデペンデンシアという大通りに面しているせいか、粉塵がたくさん入ってくる。一見きれいそうな床も、拭けば雑巾が真っ黒になる。それから荷物の整理をザッとして、マンションの管理人におみやげを渡しにいくと、ホルヘの顔を見るなり、「扇風機がつけっぱなしだったぞ」という。日本に出発した12月のアルゼンチンは暑かったので、天井の扇風機を回しながら荷造りし、そのまま出かけてしまったようだ。数日後、カギを預けてある管理人が、電話帳を部屋の中に持ってきたときに気づいたという。「あのまま回りっぱなしだったら、モーターが焼けて火事になっていたかもしれない」と怒られた。いやいや、危ないところだった。はじめのうちは、管理人を信用せずカギを預けていなかったが、預けるようにして正解だった。
管理人にはこんなことで世話になるから、いつもおみやげを持ってくる。アルゼンチン人は大人でも甘いものが好きなので、見栄えのいい和菓子が喜ばれる。しかし、デパ地下に出店している老舗和菓子屋のものを買う必要はない。彼らとわれわれとでは、「見栄えのいい」に対する感覚が違うのだ。われわれは、お使い物といえば、重厚な老舗の包装紙に包まれているものであり、“とらや”などというブランドにありがたみを感じる。しかし彼らは、とらやも両国屋是清も知らない。価値を知らない相手に高級品をあげることを、猫に小判、豚に真珠という。お茶なんかは、いい例だ。アルゼンチン人が飲むマテ茶は、500グラムが日本の感覚で200円程度。つまり、お茶は安いものというイメージがある。したがって100グラム2000円の高級宇治茶をあげても、その価値を理解してくれない。また彼らは日本の老舗ブランドを知らないから、包装紙よりも中身を重視する。それならば、はじめから中身が見えていたほうがいい。つまり、透明なビニールで包装されている和菓子だ。そのようなものはデパ地下ではなく、近所のスーパーにある。ホルヘがみやげとして管理人に渡したのは、丸京製菓の“味の銘作”約350円と津山屋製菓の“花あわ雪”約260円。これで喜んでくれるのだから、安いものだ。「ホルヘ、セコイ」などといってはいけない。これは、「贈り物は相手の立場になって考えましょうという」、ありがたい教訓と理解してもらいたい。管理人にとってこの2袋の安い和菓子は、とらやの羊かん2本より価値があるのだ。
夜はアミーゴの店で、コパ・リベルタドーレスのエストゥディアンテスvsデポルティーボ・キト、ナシオナルvsリーベルを観戦。その後は家の近くのキャバレーへ出陣。じつはここに、昨年から気になっている娘がいる。それでまあ、彼女に日本のみやげを渡して気を引こうというわけだ。みやげは、成田空港で買った500円の小銭入れ。この安物作戦にもちゃんとした理由がある、と思われると困る。「贈り物は、相手の立場になって」などとえらそうなことをいったが、相手が女性では勝手が違う。自慢じゃないが、女の気持ちなどさっぱり分からん。だから、相手の立場になれるはずがない。ここで安物を選んだのは、単なるリスク管理の問題。とらやの羊かんで玉砕したらショックが大きい。経済的にも大打撃を被る。しかし、500円ならふられてもあきらめがつく。さらに安物ならいくつも買えるから、ここでふられても次のチャンスに期待できる、というわけだ。そんな弱気というか不純な気持ちで乗り込んだが、お目当ての娘は不在で作戦遂行ならず。こうしてホルヘ一等兵は、ブエノスアイレス進攻初日での玉砕を回避できたのだった。 |