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今回が、日本で書く最後のコラム。3カ月なんてアッという間だ。あれも食べたい、これも食べたいと思っていたが、食い損なったものがたくさんある。たとえばドジョウ。とりたてて好きなわけでもなく、10年以上食べていない。しかし、今回は日本でドジョウを堪能しようと決意してきたのだ。“駒形どぜう”あたりで、目の前でドジョウを煮ながら熱燗をキュッとやるという、日本的な風情を味わおうとしていた。アルゼンチンの食事は、肉がドーン、サラダがバーンといった感じで、風情もへったくれもない。
前回も書いたが、出国前は買い出しで忙しい。自分のものもそうだが、あちらのアミーゴからいろいろと頼まれもする。日本レストランを経営している日系人からは、ダシの素10キロと仏具を頼まれた。ダシの素は業務用の店に出向いて1キロ入りを10袋購入。仏具はネットで店舗を調べ、テレフォンショッピングで入手した。彼は熱心な仏教徒で、家の中に大きな仏壇をもっている。そしてそれに合う、高さ42センチのローソク立てやドンブリみたいなリンが欲しかったのだ。まあ、この辺の注文は理解できる。しかし分からないのは、ゴキブリホイホイ100個という依頼だ。たしかに、あちらにはゴキブリホイホイ的なゴキブリ取りはない。しかしホウサン団子のような、ゴキブリ退治のものはいくらでもある。なぜ、ゴキブリホイホイにこだわるのだろうか。このおかげでホルヘは、ドラッグストアで在庫をすべて買い占めて、店の人から変な目で見られることになった。他にもこまごまとしたものを頼まれ、総重量は約40キロ。もちろん、これは持っていくわけでなく、船便で発送する。ダンボール4個に分けての送料は2万6000円もした。
ホルヘが自分で持っていくものの中には食品が多く、3回ほど空港の税関で没収されたことがある。面白いのは、係員によって対応が異なること。たとえばコンブの佃煮を、ダメという係員もいればパスさせる係員もいる。こちらにとっては運まかせで、「甘い係員でありますように」と祈りながら検査を受ける。しかし厳しい人に当たっても、きれいに包装してあるものまでを開けられたことはない。そこで、スーパーで買った佃煮を自分で包装し、プレゼントみたいに見せかける工作を行っている。
係員が甘かろうが厳しかろうが、アルゼンチンの税関では、4回に3回は荷物を空けて中身を調べられる。しかし、成田では開けられたことがほとんどない。「どちらから?」、「南米です」、「お仕事ですか?」、「そうです」、「はい、結構です」といった問答だけで、楽にパスできる。たまに、「何か預かり物はありませんか?」とたずねられることがある。これは、旅行者が知らないうちに麻薬の運び屋に利用されるケースがあるからだ。この質問に対してホルヘは、「麻薬ですか」と答えたことがあるが、それでも、「いえいえ、そういうわけじゃありません。預かり物がなければ、どうぞお通りください」で済んでしまった。こう書くと、成田の税関はザルのような気がする。しかし、実はそうではない。あるウルグアイ人のサッカーコーチは、厳重に包装してトランクの中に入れていた牛肉とチョリソを没収された。しかも彼は牛肉の持ち込みが禁止だと知らなかったから、挙動不審ではなかった。それを見抜くのだからすごい嗅覚といえる。しかも、ホルヘのようにどこから見ても怪しくない人に対しては、荷物をあけるという手間と不快感を与えないように質問だけでパスさせるのだから、実に素晴らしい。
コロンビアの名物サポーターといえば“鳥おじさん”だ。あれはたしか、2004年にペルーで行われたコパ・アメリカのときのこと。鳥おじさんが、「おまえのおかげで日本に入れたよ」と話しかけてきた。彼のことは前から知っているし、取材をして雑誌に掲載し、その雑誌を渡したこともある。しかし、ホルヘのおかげで日本に入れた、とはどういうことなのか分からなかった。説明によると、日韓ワールドカップで来日したとき、入管か税関で引っかかったそうだ。素顔でも見た目は怪しげだし、荷物の中には意味不明のコスチュームや棒が入っている。ワールドカップのために来たということが係員に伝わっても、「さてはフーリガンだな」と思われるのも無理はない。そんな鳥おじさんを救ったのがホルヘの記事。彼のことが掲載されている日本の雑誌を持ってきたことを思い出し、それを見せると、一読した係員はにっこり笑って送り出してくれたという。
鳥おじさんの正式な呼び名はエル・コーレといい、本人はコンドルのつもり。コンドルといえば、一般的に考えると鳥類の中ではトップクラス。しかし、人に世話になれば鶴だって恩返しをするのに、彼からは何のアクションもない。 |