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ホルヘ・三村

南米通信 ~ラ・ビダ・デ・ホルヘ~

ホルヘ・三村
1960年10月23日生まれ。東京都出身。元々の南米サッカー好きが、89年のコパ・アメリカ取材を契機に沸騰。91年、気がつけば職を捨て、単身エクアドルに立っていた。現在はアルゼンチンのブエノスアイレスを拠点に、コパ・リベルタドーレス、コパ・アメリカ、ワールドカップ南米予選や各国リーグを取材している。そのかたわら、酒を中心とした南米各国のナイトライフにも造詣が深い。というよりそれに溺れ、酒とサッカーの日々を送っている。

アルゼンチン

■アディダス、プーマ、リーボック

2009.3.2

 最近流れているアディダスのテレビCMは、ホルヘ世代にとって違和感がある。あれはスポーツメーカーのCMというより、ファッションメーカーのイメージフィルムだ。見方を変えれば、今やアディダスは単なるスポーツメーカーでなく、ファッションブランドということなのだろう。たしかに街でも、アディダスのスニーカーやウエアを身に着けるのは当たり前のことになっている。これは別にアディダスだけでなく、プーマやナイキも同じこと。スポーツグッズがカジュアルへと進出し、そこが大きな市場になったのだ。

 ホルヘが中学生のころ、日本ではアディダスやプーマなどというのは最高級品だった。ほとんどが西ドイツ製の輸入品のうえ、1ドルが300円くらいの為替相場だったので、とにかく高かった。74年の西ドイツワールドカップが開催されたころだと記憶しているが、プーマから“ヨハン・クライフ・スーパースター”というオレンジラインのスパイクが発売され、その価格は約2万円。当時の2万円は、これはもう相当な金額で、中学生や高校生には高嶺の花だった。しかし約35年前の日本といえば、今の中国みたいな発展途上国。商標権の取り扱いなどは、驚くほどいい加減だった。日本の老舗サッカーメーカーの安田(後のクリックスヤスダ)は、自社のスパイクに3本ラインやプーマそっくりのラインをつけて堂々と販売しており、サッカー少年はこぞってそれを買って、アディダスやプーマを履いた気分になっていたのだ。

 このような経験をすると、かつてあれほど高価だったアディダスやプーマの製品が街に氾濫(はんらん)するのは、パイナップルやバナナが安くなったとの同様で、「いい時代になったな」と思う。しかし、テレビCMであそこまでやられると、青春時代の思い出を逆なでされたような気持ちになるのだ。

 それはさておき、アディダスとプーマの創業者がサッカー界に残した貢献は大きい。なぜなら、彼らがサッカー用のシューズというものを開発したからだ。その昔、サッカーは普通の革靴、または編み上げのブーツのようなもので行われていた。それに疑問をもったのが、ドイツ人のルドルフォ・ダスラー。彼は、「サッカーにはサッカー用のシューズがあってしかるべき」と考え、弟のアドルフとともにサッカーシューズの製造販売業を立ち上げた。主に兄が製造部門を担当し、弟が営業を担当したという。この新商品はサッカー愛好者に受け入れられ、会社も順調に発展した。しかし、やがてダスラー兄弟が仲たがいし、会社を2つに分けることになった。そして兄のルドルフは、新会社をプーマと命名。弟のアドルフは、愛称のアディと苗字のダスラーを合わせて新社名を“アディダス”とした。つまり、プーマとアディダスは兄弟会社なのだ。

 タイヤメーカーのブリヂストンは、創業者石橋さんの名前をストンとブリッヂに訳して組み合わせたものだし、サントリーは“鳥居さん”をひっくり返したもの。このように、創業者の名前を社名にすることは珍しくなく、アディダスがアディ・ダスラーでも驚くには当たらない。しかしアディダスとプーマの創業者が兄弟で、元は同じ会社だったというのは、ちょっとしたトリビアだろう。ちなみにリーボックの社名は、韓国人の李(リー)さんと朴(ボク)さんが設立した会社だからだ。

──と、賢明な読者はそんなことはないだろうが、ホルヘの周りでは、結構これに引っかかる人がいる。アディダスとブリヂストン、サントリーを引き合いに出し、最後にリーボックは李さんと朴さんというと、このデタラメを信じてしまうのだ。冷静に考えれば、李はLEEと書くのでREEBOKと違うし、朴の発音はパクだということも分かる。しかし昔は、日本では朴をボクと呼んでいた上、韓国に朴大統領というのがいて、ニュースで頻繁に「ボク大統領」というのを聞いていた。したがって、ある程度の年齢に達した人は、朴の発音はパクよりもボクになじんでいる。そんなこんなで、ホルヘと同年代の人を狙って酒席でこのネタを振ると、8割くらいがだまされるのだ。飲んでいる席では話題が頻繁に変わるので、たまに、「あれはウソだよ」と種明かしする機会を逸することがある。するとだまされた人は、リーボックは李さんと朴さんだと信じ込み、翌日に会社で吹聴して赤っ恥をかく。こんなことを繰り返しているので、ホルヘはどんどん信用を失っていくのだ。

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