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9月にエジプトで開催されるU-20ワールドカップの南米予選が、ベネズエラで行われている。大会方式は、参加10カ国を5カ国ずつ2グループに分け、各グループの上位3カ国が決勝リーグへ進み、6カ国による決勝リーグの4位までが出場権をつかむというもの。アルゼンチンはブラジルと別のグループAに入り、対戦相手はエクアドル、コロンビア、ペルー、ベネズエラ。このメンバー相手に3位以内に入ればいいのだから、寝ていても1次リーグは突破できると誰もが思った。ところが、そんなに甘くはなかったのだ。
初戦の相手は、集中開催で行われる同グループ予選ホスト国のベネズエラ。アウェーとはいえ、明らかな格下相手だったが、わずか3分で先制されて1-1のドロー発進。次のペルー戦も3分で失点したが、今回は2-1の逆転勝ちに成功。2試合連続で開始早々に失点しているので、相当気を引き締めて向かえた第3戦のコロンビア戦だったが、今度はこれまでの記録を更新する54秒で先制されてしまう。さらに追加点も奪われて0-2のピンチ。サルビオの3戦連続のゴールなどで、かろうじて引き分けに持ち込んだ。
そして最終のエクアドル戦は、先制するも77分に逆転され、このままでは1次リーグ敗退というがけっぷちまで追い込まれる。結局またも引き分けて決勝リーグ進出を決めたが、実に危ないところだった。グループの最終成績は、全敗のペルー以外はすべて1勝3分けで、直接対決も引き分けという接戦。得失点差でベネズエラが1位となりアルゼンチンは2位。そしてコロンビアとエクアドルはすべてが同じだったため、抽選によってコロンビアが最後の席を確保した。
開催国とはいえ、これまで南米最弱といわれたベネズエラが1位になったのは面白い。もっとも最近はペルーとボリビアの凋落(ちょうらく)が激しく、この大会でも各グループの最下位となっている。しかし、アルゼンチンはそのペルーに先制された。南米でも、格上相手には守りをかためてカウンター狙いというのが常識だったが、10年くらい前からそれが変化してきた。実力差に関係なく、まともにぶつかってくるようになったのだ。「守り切ろう」から「先制して逃げ切ろう」というスタイルになった。グループBでは、ブラジルがボリビアに先制されている。このような傾向になったのは、弱かった国と強豪との差が以前より縮まったためだが、ガチンコ勝負が力量アップにつながって、強豪とそれ以外の国の差はさらに詰まってきた。
アルゼンチン代表の監督はバティスタ。北京オリンピックで金メダルを獲得して株を上げたが、ここで1次リーグ敗退なんてことになっていれば、ぬぐいされない汚点を残すところだった。苦戦の理由については「(代表の)ユニホームの重さが選手たちのプレッシャーになった」と語っている。この代表はベストメンバーではないが、前回のU-20ワールドカップカナダ大会の優勝メンバー、インスーアもいるし、U-17ワールドカップ韓国大会に出場した選手が5人入っている。となると、チームをベストの状態に導けなかったのは、監督の責任によるところが大きい。
ヒゲ面のバティスタは見た目も怖いし、実際、監督としても上からガンガン指示するタイプ。しかし、実は気の弱い部分、というか泣き虫なところがあるのだ。彼は日本のPJMフューチャーズでプレーしていたことがある。そのとき、彼の代理人と知り合いだったホルヘは、ちょっとしたお手伝いをしたことがある。バティスタのおばあさんと伯母さんが彼を訪ねて来日した。彼女たちにとって孫や甥(おい)っ子であるバティスタと久々に生活を共にし、時の経つのは早いもの、あっという間に帰国の日となった。ホルヘの役目は、フューチャーズの本拠地である鳥栖から東京に着いた彼女たちをピックアップし、成田まで送っていくこと。その途中、バティスタにお別れの電話をかけた。すると、彼は電話の向こうで号泣。おばあさんと伯母さんが交互に、「そんなに泣かないで、またすぐ会えるからね」と、まるで幼児を諭すように慰めていた。このことを知っているので、グラウンドで偉そうにしているバティスタを見ると、つい吹き出してしまうのだ。 |