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昨年の有馬記念、ホルヘは3連単で4番6番8番のボックスを買い、見事に惨敗した。6番は3着に入ったが、4番のエアジパングはたしかブービーであった。競馬の知識がほとんどないので、買うときは馬の能力や血統は考えない。また48年も生きているから、自分の直感が頼りにならないことも知っている。したがって、多くの場合はゴロ合わせで買うことになる。
昨年のサッカー界で最大のニュースといえば、エクアドルのリーガ・デ・キトがコパ・リベルタドーレスを制してクラブワールドカップに出場したことだ。まあ、世界的にはともかく南米サッカー界、いやエクアドルサッカー界とホルヘ個人にとって、これはもうとんでもないニュースだった。そこで迷わず、これで買い目を決めることにした。エクアドルの国旗は黄色、青、赤の横じまなので、黄色の5枠、青の4枠、赤の3枠に注目する。すると3枠の4番にエアジパングというのがいるではないか。リーガも飛行機に乗って日本へやってきた。したがって、当然これが軸となる。こうなればヒモ探しは簡単。決勝で敗れたとはいえ、ヨーロッパ代表のマンUと戦ったのだから、4枠の6番、5枠の8番と組み合わせる。4番6番8番、その心は、いわずと知れた「ヨー(4)ロッ(6)パ(8)」である。しかしこの完璧なゴロ合わせも、現実の前には何の役にも立たなかった。
2008年は個人的にひどい年だったので、せめて最後は笑いたい。そのつもりで挑んだ有馬記念だったが、結果は報われず。しかし、競馬がダメなら競輪があるさ、ということで、30日は競輪グランプリに参戦した。このレースは、競輪の日本一を決めるビッグタイトル。ちなみに、日本生まれのケイリンは今や五輪種目になっているが、レースがギャンブルの対象になっているのは日本と韓国だけらしい。わが国には、俗に“3競オート”と呼ばれる、競馬、競輪、競艇、オートレースという4種目の公営ギャンブルがあるが、ホルヘのお気に入りは何といっても競輪。馬やモーターの良しあしが勝敗に大きく影響する他種目に比べ、競輪はよりスポーツ的だ。帝京高校サッカー部OBで、とんねるずの木梨と同期だった小門洋一なんていう選手もいる。彼は日本リーグのチームから誘われるほどの実力者だった。しかし当事はまだプロサッカーがなく、サッカー選手といえば実業団の会社員。どんなに成功しても大金はつかめない。そこで小門は、伯父さんが競輪選手だったこともあり、畑違いのこのプロスポーツに飛び込んだ。そしていくつかのタイトルを獲得する一流選手となり、47歳の今はランクが下がったものの、それでもサラリーマンをはるかに上回る年収を稼いでいる。
また競輪には、ラインというものがある。これは2~4人でグループを形成し、お互いに協力し合って上位独占やグループ内から勝者を出そうとするもの。これにより、単純な体力だけでなく複雑な駆け引きや人間性がレースに加味され、予想がより面白くなるのだ。しかし面白くなるということは、難しくなることでもある。グランプリではその前の8レースから買い始めたが、まったくカスりもしない。絞りに絞ったのに買い目が16点にもなったメインのグランプリでも、1着2着はその16点の中にひとつも入っていなかった。どうやら、すっかり勘が狂っているらしい。
結局、2008年は最後まで恵まれなかった。しかしぜひとも、2009年は良い年にしたい。始めよければすべてよしというから、今年を幸せな1年にするためには、年頭の勝負に勝てばよいのだ。そこでホルヘは、正月の3日に京王閣競輪場へ出向いた。ギャンブル場ではあるが、「今年が良い年になりますように」という思いをこめているのだから、趣旨は神社仏閣への初詣と何ら変らない。場内は同じような初詣客や、「誰もくれないから、自力でお年玉を稼いでやろう」という魂胆の不埒(ふらち)者でにぎわっている。ホルヘの目的はもうけることより福を招くことなので、おさい銭感覚やおみくじ感覚の100円で3連単を数点買った。しかし2レースやって、またもやカスりもしない。まだ勘が戻っていない。あるいは、競輪の神様に見捨てられたのか。
こうなれば、なりふり構っていられない。ガミ(的中してもマイナスになる)を食ってもいいから、とにかく当てることだ。そこで配当のいい3連単から、的中率の高い2車単に切り替えた。幸運なことに、次のレースはかなり堅い。そこで、オッズが4.4倍の本命を含め10点を買う。穴党のホルヘも落ちたものだ。普段ならこんな車券は見向きもしない。しかし、運を変えるためにはやむを得ない。ここは忍の一字、と自分にいい聞かせて発走を待つ。そして結果は、本命が飛んで車券は紙くずとなった。どうやら、今年もロクな1年ではないようだ。 |