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クラブワールドカップに出場するリーガ・デ・キトの取材でやってきたエクアドル。ここでは、カマルというアミーゴの家に数日やっかいになった。リーガのスタジアムや練習場に近いので、「うちに泊まれ」という申し出をありがたく受けたのだ。彼はパレスチナ人だが、エクアドルに移民してキトの中心地でバーを経営していた。91年から92年にかけて、ホルヘがキトに5カ月間滞在した際、毎晩のようにそこで飲んでいたので仲良くなった。一度などは、「家族で一週間ばかり海に行ってくるから、店を頼む」といわれ、マスター代理をさせられたことがある。当時は貧しいアパートに住んでいたが、その後は郊外で建築業に転進して成功し、バスルームが三つもある立派な家を構えている。今、キトは建設ラッシュで次々と住宅が建てられている。価格は、100平方メートルの3LDKで600万円くらい。現在は、「建てれば売れる、値も上がる」という状況らしいが、この世界的不況がこの先なんらかの影響を及ぼすだろう。しかしカマルは能天気で、そんな心配はまったくしていない。日本のバブル崩壊後の地価下落を例に挙げて説明しても、「家の値段は下がらない。住宅はまだ不足している」といって譲らない。困ったものだ。
ホルヘもただやっかいになっただけでなく、大量のおみやげを持参し、さらにカレーライスを作ってあげた。エクアドルではご飯と煮込みみたいなものを一緒に食べるので、カレーライスもうけると思ったのだ。この作戦は出発前から考えていたので、アルゼンチンの家に保管してあった期限切れの『ジャワカレー』を持っていった。南米にいると日本の食材は貴重なので、期限切れなど気にしない。モノにもよるが、1年2年のオーバーエージなら味も大丈夫。それなのに、なぜあんなに短い賞味期限をつけるのだろうか。このことが、期限改ざんとか偽装表示を引き起こしていると思う。まあそれはさておき、カレーは予想通り好評を得た。
リーガの練習場は市内からかなり離れたポマシキという場所にあるが、ここでコアな情報をお伝えしよう。これを知っている日本人は、ごくわずかである。じつはこのグラウンドで、高原や小野、稲本たちが試合をしたのだ。95年、U-17の日本代表だった彼らは、エクアドルで開催された世界選手権に出場している。大会は8月だったが、2800メートルの高地になれるため、春休みにキトで合宿を行った。そこでホルヘは、あくまでも外部の人間としてだが、いくつかのサポートをした。当時リーガの監督は、ホルヘのアミーゴであるカルロス・セビージャ。そこで彼を代表の団長に紹介。そこから話が進み、高原たちとリーガのユースが練習試合を行ったのだった。
セビージャは今、リーガのライバルであるデポルティーボ・キトの監督をしている。このクラブは40年間優勝から遠ざかっているが、現在は単独首位と好調。そしてつい先日、2位のリーガとのキトクラシコに臨んだ。リーガのホームだったが、負傷者を8人抱えて戦力が落ちているリーガに2-0と完勝。セビージャが、D・キトを40年ぶりの栄冠に導く可能性が高くなった。
今回のエクアドル取材ではセビージャやカマルをはじめ、多くの旧友と再会することができた。また、カラオケでサルサを楽しめた。アルゼンチンにもカラオケはあるが、サルサはない。グルーポ・ニーチェの“ウナ・アベントゥーラ”を2回熱唱して大満足。肝心の取材も、まずまず順調だった。アルゼンチン人監督のバウサとのインタビューでは、マテ茶が効果を発揮した。インタビューが立て込んでいて機嫌が悪かったようだが、アルゼンチンから持参したマテ茶をプレゼントすると、「これは、ここでは金の価値がある」と大喜び。インタビューを好意的に受けてくれた。マテ茶2パックで約200円。安いものだ。
しかし、すべてが良かったわけではない。一カ月半くらい前になったギックリ腰がなかなか治らないでいたが、キトに来てから、痛みが左のおしりに広がった。そしてさらには、太モモの後ろからフクラハギにまで伝わってきた。痛みが激しいときは、歩くこともままならない。これはいわゆる、座骨神経痛というやつではあるまいか。標高の高いキトでは、気圧の低さ、酸素の薄さ、大きな気温差などから身体に変調をきたすことがある。ゴルフは腰を痛めてからやっていないが、もうじきトヨタカップという大きなゴルフの大会があり、それをカムバック戦にする予定でいた。そこに現れたこの座骨神経痛。平地のブエノスアイレスに戻ったら、痛みが消えてくれるといいのだが。 |