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日本では、旗竿で選手を叩いたサポーターが、無期限入場禁止になったとか。さすが、常に健全な試合運営と安全な観戦を目指すJリーグ。対応が素早く、かつ厳しい。この点に関しては、日本は世界の最高位にいると思う。
まだ90年代だったが、日本の試合で選手にコインが投げつけられて問題になったことがあった。当時、そのことをアルゼンチンのカメラマン仲間に話したら、「コインを投げて試合中断とかの問題になるのか。こっちだったら、選手がありがたくコインをもらっちゃうよ」と笑われたものだ。なにしろ、石やビンや爆竹が普通に投げ込まれるお国柄だったので、コインで大騒ぎするのはこっけいに思えたのだろう。しかし今年のコパ・リベルタドーレスでは、ボカのサポーターが副審にコインを投げつけ、ボンボネーラが使用禁止になった。南米も日本基準になってきたのだ。
ものを投げるなどの、選手や相手サポーターに対する暴力については取締りが厳しくなっている。これは喜ばしいことだ。しかしその一方で、言葉の暴力ともいわれる激しいヤジは野放しのまま。これも、喜ばしいことだ。国会と同じで、ヤジがなければつまらない。とはいえ、人種差別のヤジはいただけない。白人社会のアルゼンチンでは、アフリカ系選手に対して聞くに堪えないことをいう。それ以外のヤジは、街中でもよく耳にする罵詈(ばり)雑言で、こういうものは適度にあったほうが、雰囲気が出て面白い。ゴール裏ではときとして、10歳くらいの子供がヤジを連発していることがある。大人と同じ悪い言葉のオンパレードを、声変わり前の高い声で叫ぶので、声量がなくてもひときわ目立つ。日本なら、「そんな言葉使うんじゃない」としつけられるところだ。しかしこちらでは、一緒にきている父親が息子のヤジを聞き、「あいつもなかなかうまくなったもんだ」と跡取りの成長を喜んでいるのだろう。ちなみに、スタジアムにもよるが、ゴール裏からのヤジは、ペナルティーアークまでは十分に届く。
熱狂的なサポーターは、世界中どこにでもいる。そして真偽は不明ながら、彼らの伝説みたいなものがある。たとえば、こんな話。リーベルのスタジアムに真夜中忍び込んだ男が捕まった。男は、灰のようなものが入ったカンを持っていた。事情を聞くと、その灰は男の友人の遺灰で、リーベルファンだった友人の遺言により、遺灰をピッチにまきに来たという。友人の願いは、死んでもリーベルと共にあり、ピッチの芝の一部となって選手と一緒に戦うことだったという。遺言を残した友人もすごいが、その頼みを引き受けた男もすごい。
次に紹介するのは、正真正銘、本当にあった出来事。立ち会った作家が後に詳細を発表した、ウルグアイのクラブ、ペニャロールの話だ。余談だが、これもちょっと伝説っぽいので紹介しておこう。ペニャロール(とサポーター)の愛称はマンジャ。これはイタリア語で、「食べる」という意味。イタリア移民で、大のナシオナルファンの家に育った少年が、ペニャロールを好きになった。しかし父親は許さず、「ペニャロールファンには、この家で食事をさせない。ペニャロールを応援するなら、外で食べろ」と怒鳴った。すると少年は、自分の皿を持って外に出て、そこで食べた。この少年の純粋な気持ちが、ペニャロール魂というわけだ。
さて、本題。ナシオナルとのクラシコを控えたある日、キャプテンのカルダーニャの元に1通の手紙が届いた。それは12歳くらいの子供からのもので、「僕は入院しているので応援に行けません。とても残念です。お願いがあります。試合で使ったボールに選手のサインを入れて、送ってくれませんか。お金がかかるのなら、貯金を下ろします」という内容が書かれていた。これに心を打たれたカルダーニャは、試合の翌日、病院へ行ってその少年を訪ねた。しかも、彼だけでなく試合に出た選手全員で。病室に入り、ベッドに歩み寄ってサインボールを手渡した。感動的なサプライズだ。少年は無言のまま、ボールと選手たちを交互に何度も見たという。そして、「イホ・デ・プッタ(サノバビッチ)。なんで腐れ●ンポのナシオナルに負けたんだ」と怒鳴りだした。さらに、「4点も取られやがって、この役立たずのロクデナシども。ビビりやがってションベンたれが。このボールをケツの○にでも突っ込んでろオ●マ野郎。(試合を)売ったんだろクソッタレ。いくらもらったんだ、裏切り者の泥棒どもが」と、豊富なボキャブラリーで罵詈雑言を浴びせ続けた。さすがにカルダーニャも怒ったらしいが、少年はサポーターとして面目躍如。ヤジは、ライバルに惨敗したら身内に向けるもの。選手たちの見舞いとサインボールに心を奪われず、サポーターの道を貫いたマンジャ少年はえらい! |