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ぎっくり腰になった。過去に何度もやっているので、珍しいことではない。しかし、これから取材に行こうというときだったので、さすがに困った。世間ではあまり認識されていないと思うが、カメラマンは結構肉体労働なのだ。現場のカメラマンは、ゴールライン裏に座っているだけだから、楽な仕事に見える。しかしそこに至るまで、重い機材を担いで歩かなくてはならない。もちろんこの世界にも格差社会はあり、勝ち組はスタジアムまで自家用車で乗りつけ(勝ち組は、スタジアムの駐車券も簡単に入手できる)、わずかな距離を歩くだけ。しかしホルヘのようなワーキングプア(仕事がなくてあまり働いていないから、ノンワーキングプアか)は、鉄道やバスを利用するので、歩く距離もかなりなもの。
しかし幸いだったのは、ぎっくり腰が軽症だったこと。これが重症だと、身体を少し動かしただけで激痛がはしり、荷物を担ぐことはおろか、外出もままならない。もしそうだったら、取材になど行けない。動ける幸運に感謝しながら、フル装備の機材を担いでスタジアムを目指す。折りしも、氷雨の舞う寒い日であった。傘も差さずに歩む2キロ弱の道のりは、腰の痛みと予想外の寒さで苦難を極めた。しかし、「八甲田山、雪の進軍に比べればなんのその。少なくとも、遭難する恐れはない」と自らに言い聞かせながら、前進を続けたのだった。
このように多少の苦労はあったものの、取材は無事に終了。しかし、問題は翌日のゴルフである。ジャパンカップという日系人のコンペなのだ。キャディーを雇ったとしても、はたして、この状態でプレーできるだろうか。試しに、エアゴルフで素振りをしてみる。身体を大きくひねらなければ、痛みはない。どうやら、軽く打つぶんには問題ないようだ。これは朗報。なにしろホルヘは、いつも力まかせのスイングで墓穴を掘っているのだ。ハーフスイングで軽く打てば、ちゃんと当たって真っすぐ飛ぶのは実証済み。しかし、それを続けられるのは2~3ホール。その後は、「もっと飛ばしてやろう」と力んでしまい、引っ掛けてOB、ダフって池ポチャの連続。OBや池ポチャのペナルティーで、平均10打は損している。しかし今回は、ぎっくり腰のおかげで物理的に強振できない。これはひょっとすると、90打に近いスコアが出るかもしれない。となれば、ハンデ29のホルヘは間違いなく優勝である。ケガの功名とはよくいったものだ。こうなると、腰が曲がって前かがみになっているぶざまな姿勢が、アドレスの際の自然な前傾に見えるから不思議だ。
当日は、6時前に目が覚めた。というか、寝返りのたびに何度も激痛が走り、それ以上寝ていられなくなったのだ。ベッドから出ると、いつもより床が近くに見える。心なしか、前日よりも腰が曲がっているようだ。姿見の前に立つと、心なしどころではない、前日の約20度から、約45度に傾きが増している。非常に不自然な前傾だ。しかしこれでも、ボールから離れて立つか、クラブを思いっきり短く持てば大丈夫だろう。
続いては歩行のチェック。近くの売店まで新聞を買いに行った。痛みを伴わずに歩けるのだが、その姿がなんとも珍妙。歩幅の狭いすり足なのだ。モモを上げるとビリっとくるので、自然とそれをかばった歩き方になっている。中途半端に日本文化を知っている人が見たら、朝っぱらから歩道で、能か狂言の稽古(けいこ)をしていると思ったはずだ。この格好で100メートルほど歩いたが、歩道の段差にきて問題発生。わずか15センチほどの段差の上り下りが大変なのだ。アルゼンチンのゴルフ場は平坦だが、グリーン周りには起伏がある。15センチの段差で苦労している有様で大丈夫なのか。一瞬悩んだが、すぐに妙案が浮かんだ。クラブがあるではないか。クラブを杖(つえ)として使えばいいのだ。
これですべて解決、と喜んだのだが、やはりゴルフはいじわるなスポーツだった。それは、バンカーの問題。バンカーでは、靴の裏以外を砂につけてはいけないことになっている。クラブを杖代わりにしようが、本物の杖であろうが、バンカーの中でそれをつけば2打罰の反則だ。好きこそものの上手なれ、というが、バンカーが比較的好きなホルヘは、平均5回はバンカーに入れる。そのたびに2打罰を払っていれば、トータル10打の加算。これでは優勝は無理だ。本気で優勝を考えていたホルヘは、ここにきてついに、休場を決意したのだった。 |