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4月11日、ブエノスアイレスで行われた北京五輪の聖火リレーに、ホルヘも一般の見物人として足を運んだ。アルゼンチンで初めての聖火リレーということで、沿道には大観衆。これに対し、主催者側は警官など5700人の厳戒体制を敷いた。しかしコントロールの方法がつたなく、中心的な通りのヌエベ・デ・フリオは押し合いへし合いの大混乱。しかし心配されていた、中国のチベット弾圧に反対する勢力による妨害はほとんどなかった。
これは、マラドーナ効果といえるだろう。主催者の作戦が功を奏した形だ。主催者はまず、マラドーナを第一走者として招待したことを発表した。しかしそれは、「参加するかどうかは、本人の意思とスケジュール次第」という但し書きつき。その後、本番3日前くらいになって、「マラドーナに参加の意思あり」という続報を発信。なにしろマラドーナは、北朝鮮と友好路線を取ろうというベネズエラのチャベス大統領のアミーゴなので、北朝鮮の後ろ盾である中国を応援する気になっても不思議ではない。
実はアルゼンチンには、聖火リレーを妨害する下地は整っていた。70年代の軍事政権時代に、身柄を拘束されたまま消息不明になっている人々が多数いる。証言によると、彼らの多くは、「弾丸がもったいないから」という理由で、生きたまま飛行機から洋上に落とされたそうだ。このような過去があるだけに、現在は人権擁護組織の活動が盛んだ。さらに、流行に敏感な若者は、パリやサンフランシスコでの妨害活動をテレビで見て、「俺たちもやろうぜ」てなことになる。そのうえ、デモで機動隊とやりあう労働組合員や、サッカー場で警察と戦う過激サポーターといった、お上と一戦交えるのが好きな連中がいる。彼らが集結すれば、聖火は奪い取られ、すまきにされてラプラタ川に放り込まれたであろう。別に聖火をすまきにする必要はないが、「すまきにして大川へ放り込んでやれ」と時代劇でよくいうではないか。
それはさておき、こんなことが実際に起こらなかったのも、「マラドーナが聖火リレーに参加する」という情報が伝わったからだ。まっとうな人権擁護団体はともかく、妨害をファッションと考える若者や、警察と戦いたいだけの連中には、明確なポリシーがない。そこに、神のお言葉である。マラドーナを神とあがめる以上、彼が参加する(あるいは支持する)聖火リレーを妨害することはできない。こうして、聖火はすまきにならずに済んだのだった。
とはいえ当日、肝心のマラドーナは欠席。「どうしてもスケジュールが調整できない」とかで、メキシコで行事に参加していた。たぶん、はじめから聖火リレーに出る気はなかったのだろう。
僅かな人数で地味な抗議活動を行った反中国派に対し、沿道で目立っていたのは中国人のグループ。国旗や赤い横断幕を広げ、自国での五輪開催を「熱烈歓迎」と盛り上がっていた。以前このコラムで、ブエノスアイレスにチャイナタウンがあることを記したが、ここには本当に中国人が多い。それはチャイナタウンだけに限らず、市内全体に散らばっている。彼らの多くはスーパーマーケットを経営しており、その数がものすごい。ホルヘの家から約120メートルのところに一軒、約170メートルにも一軒、さらに約250メートルに2軒あり、聖火リレー開催日にはホルヘの家の隣に新しい店がオープンと、まさに乱立状態だ。しかし、中国からアルゼンチンに渡り、そこで正式な手続きを経て職に就くのは簡単なことではなく、噂によれば、“蛇頭”のようなシンジケートが介在しているという。
その真偽はともかく、アルゼンチンに移住したり出稼ぎに来た彼らの多くは、中国の現体制に不満をもっているはずだ。でなければ、わざわざ南米までやってこない。それでも、母国は母国。五輪の自国開催は大きな誇りとなっているようだ。開会式の日には、スーパーマーケットが大安売りになることを期待しよう。 |