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今回もアルゼンチンへはデルタ航空で旅立った。アトランタで乗り換えるのだが、他の航空会社でのアメリカ乗り継ぎと違い、預けた荷物を経由地でピックアップする必要がない。成田で預けた荷物が、そのままアルゼンチンに届くので便利だ。しかし、今回はホルヘ、アトランタで大いにビビった。空港で約5時間待って、ブエノスアイレス行きの便に乗った。飛行機が離陸に向けて滑走を始めたが、途中で減速して離陸を中止。パイロットから、「左エンジンにトラブルがあったため、離陸を中止しました」とのアナウンスがあった。すると、滑走路上で停まっていたホルヘ搭乗機に向かって、消防車が何台も集まってきたのだ。パイロットは、「このトラブルと消防車は関係ありません」と説明したが、それは乗客のパニックを抑えるためのものだったと思う。左の窓側の乗客は、「一瞬、エンジンが火を噴いた」などといっている。非常灯をチカチカさせた消防車数台に囲まれていると、かなりヤバイ状態のような気がする。実はホルヘ、相当なビビりであると同時に、大の飛行機嫌いなのだ。「爆発して、焼け死んでしまう。早く降ろしてくれ」と、生きた心地がしなかった。結局、乗降ゲートまで自力で引き返し、乗客は別の飛行機に乗り換えて、4時間遅れの出発となった。
このように、離陸の際にトラブルがあった場合、飛行機を変えれば、納得するというか、怖さが半減する。しかし、トラブルがあったにもかかわらず、同じ飛行機で離陸のやり直しとなると、これはたまらない。以前、コロンビアのボゴタからエクアドルのキトに向かうときのこと。名前は忘れたが、ベネズエラの航空会社のカラカス発、ボゴタ経由、キト行きだった。機体は旧式のB727。エンジンが尾翼の横に付いているやつだ。右エンジンの真横に座ったホルヘは、滑走中にエンジンから爆発音みたいなものを聞いた。その途端、機体は急に減速。明らかに、エンジントラブルだと思った。しかしパイロットは、「風の状態が悪かったので、離陸をやり直します」と、シレっという。これは、乗客を混乱させないための方便だ、とホルヘは思った。なぜなら、エンジンの爆発音をこの耳で聞いているからだ。しかし、機体はターミナルへ向かわず、再び滑走開始位置まで戻った。本当に、このまま再離陸をする気だ。「バカじゃないのか、このパイロット。こんなエンジンで飛べるわけないだろ」とホルヘは焦った。冗談ではなく、立ち上がって、「降ります。降ろしてください」と叫ぼうかと思ったほどだ。しかし、それを踏みとどまらせたのは、隣に座っていた女性だった。そこには、キトで行われる国際大会に出場する、ミス・ベネズエラがいたのだ。彼女は他の乗客同様、パイロットの言葉を信じていささかも動揺していない。そんなところで取り乱し、彼女に軽蔑(けいべつ)されたくないし、ミス・ベネズエラと一緒に死ねるなら本望だ、とも考えた。女は偉大である。また、よく考えれば、パイロットも乗客を道連れに心中する気でなければ、エンジンが壊れているのに飛ぶはずがない。後日、飛行機に詳しい人に聞いたら、風の状況で離陸を中止する場合は、減速のために逆噴射をするから、それでエンジンから大きな音が出るのだ、と説明された。なるほど、そういうことだったのか。
このケースとは別に、無事に着いてからゾッとしたこともある。それは、03年12月のこと。ホルヘは、トヨタカップに出場するボカと同じ飛行機に乗り、成田を目指していた。サンパウロ発、ロサンゼルス経由のヴァリグ航空便だった。これは、ロサンゼルスで乗り換えるのではなく、給油の後、同じ機体で成田に向かうもの。しかしロサンゼルスに着くと、「機体に異常が発見されたため、これより先は飛びません」と告げられた。ということは、サンパウロからロサンゼルスまでを、異常があるままで飛んでいたということだ。何と恐ろしいことであろう。下手をしたら、ボカが消滅していたかも知れないのだ。もちろん、その異常が重大なものなら、どこかの空港に緊急着陸するなどの処置が行われたのだろうが、飛行機嫌いのホルヘは、「異常=墜落」と考えてしまう。「よくぞ、ロサンゼルスまでたどり着けたものだ」と、背筋が凍る思いをしたものだ。その後乗客は、いくつかの航空会社の成田行き便に振り分けられた。ボカの一行も同様で、2~3グループに分かれて成田に到着。当時監督だったビアンチや首脳陣は、このトラブルに相当腹を立てていた。その怒りはまだ消えていないのか、昨年末のクラブワールドカップの際は、ヨーロッパ経由での来日となった。 |