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ずる賢いプレーや狡猾な行為を指すマリーシアという言葉は、サッカー用語として定着したようだ。これは、ブラジル人選手が、「日本にはマリーシアがない」といったことから広まったもので、当然、ブラジルの言語であるポルトガル語だ。ブラジル以外の南米諸国はスペイン語が標準語だが、両者はよく似ていて、共通の言葉が多い。マリーシアという言葉も、スペイン語に存在する。しかし、少なくともアルゼンチンでは、ずる賢いプレーのことをマリーシアとは呼ばず、ピカルディアという言葉を使う。辞書を見ると、マリーシアもピカルディアも、「ずる賢さ、いたずら、悪いこと」などと記され、同じ意味のように思える。しかしアルゼンチンでは、マリーシアは本当に悪いことや卑怯な行為を指し、ピカルディアは狡猾さや抜け目のなさを指すという。
例えば、道にお金が落ちていたとする。日本なら、それを警察に届けるのが正しい行為だ。ネコババする人もいるが、何となく後ろめたさを感じるのではないか。しかし、南米で警察に届けたら、それは受け取った警官のお小遣いになってしまう。つまり、落とし主には戻らない。となれば、拾って自分のものにするのが妥当だ。これはピカルディアでも何でもなく、当然の行為なのだ。では、通行人のポケットからお金が落ちたのを目撃した場合はどうだろうか。「落ちましたよ」と教えるのが親切さであろう。人として正しい行為だといえる。しかし、それを告げずにしばらく待っていると、状況は先ほどと同じになる。つまり、道にお金が落ちているのだ。となれば、そのお金を自分のものにするのが当然ということになる。別に悪さをしたわけではない。何もしなかったのだ。“告げる”という行為すらしなかったというだけの話。これがピカルディアである。しかし、ポケットから落ちかけているお金をスリ取るのは悪い行為だし、落とし主がお年寄りや目の不自由な人などであれば、教えてあげないのは人の道に外れた卑怯な行為となる。つまり、マリーシアなのだ。
ホルヘは最近、アルゼンチン人のグループに入れてもらい、ミニサッカー(フットサルではない)を楽しんでいる。対外試合ではなく、仲間内での練習ゲームだ。彼らのレベルはなかなか高く、平均年齢もホルヘより15才は若い。一方、ホルヘの実力は、相当低い。しかしみんな紳士的で、ミスをしても「がんばれ、がんばれ」と励ましてくれるし、たまにシュートを打つと、入らなくても「ナイスシュート」と誉めてくれる。本当に優しくていい奴らで……。いや、こんな回りくどい説明はやめよう。日本語は素晴らしい。この状況を端的に一語で表現する言葉があるではないか。そう、“オミソ”である。46才のホルヘは、地球の裏側、遠い異国のアルゼンチンで、オミソになっていたのだった。
先日のゲームでのこと。相手のロングシュートがゴールラインを割った。しかし相手はワンタッチがあったとして、コーナーキックを主張。我がチームは、「当たってない」と言い張った。当然、ちゃんとした審判はいない。外で見ているコーチみたいな人が、必要に応じて判定する。「コーナーキックだ」「ゴールキックだ」とアピールしあっている最中、相手チームの2人がコーナーキックをするべく素早く動いた。味方は誰もそれに反応していない。狡猾なピカルディアである。しかし、ホルヘは騙せない。技術は下手でも、南米サッカー取材歴18年、眼は肥えている。脱兎のごとく守りに向かった。相手は、それと同時にショートコーナーでリスタート。味方が戻ってこないため、当然2対1の状況となり、抵抗むなしく失点を許してしまった。
問題の出来事は、この直後に起こった。キックオフのためにボールを手にした我がチームの中心選手が、罵声を浴びせながら、至近距離からそのボールを思いっきりホルヘに蹴りつけたのだ。もちろん、命中。痛かった。これには、さすがのホルヘもカチンときた。オミソに向かって、何てことをするんだ。これは、オミソに対する完全な違法行為である。大体、オミソが下手なのは当たり前。下手だからこそ、オミソなのだ。オミソ1人で、上手い選手2人を相手にできるわけないだろう。失点したのは、戻ってこなかったお前らが悪いんだ、と。しかし、彼の言い分は違った。「お前が動いたからいけないんだ」という。まだコーナーキックと決まっていないのに、相手はコーナーキックをしようとした。それは、こちらを引っ掛ける誘いだ。そんなの、無視していればいい。しかし、その誘いに引っ掛かって反応すれば、相手のコーナーキックを認めたことになる。「こんな単純なトリックに引っ掛かりやがって。お前は、サッカーを知らない」と詰め寄られてしまった。ピカルディア対ピカルディアの駆け引きに、素人が余計な動きで水を指したようだ。何が、南米サッカー取材歴18年だ。まだまだ、奥は深い。
今回のケース、相手の誘いにたまたま引っ掛かったのがホルヘだったのなら、これはピカルディアであろう。しかし、初めからオミソのホルヘをターゲットとして仕掛けてきたとすれば、これは卑怯な行為で、マリーシアと呼べるかもしれない。 |