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しばらく続いたコパ・アメリカ関連のネタは、ひとまず終了。まだまだ書きたいことは山ほどあるが、アルゼンチンに戻って一カ月が経ち、こちらの動きも伝えなければならない。ベネズエラでのエピソードは、また折を見て紹介しよう。
当ワールドサッカー通信局に寄稿しているイタリアの井上君やドイツの山下君のように、アルゼンチンにも日本人のサッカー選手がいる。いわゆる“サッカー留学”として滞在している練習生扱いの者から、プロ選手として試合に出ている者までレベルは様々。しかしプロ選手といっても、そのほとんどは3部、4部リーグ。1部リーグに手が届きそうなのは、ほんのわずか。やはり、アルゼンチン1部のハードルは高い。
しかし先々週の開幕戦で、その高いハードルをあっさり飛び越えた日本人がいる。ウラカンのFW加藤友介(大阪府立刀根山高校出身、21才)だ。ウラカンは過去に優勝経験もあるが、ここ数年は2部暮らしだった。しかし昨季、2部上位陣による激しい昇格権争いと入れ替え戦の末、一部復帰を果たした。3年前アルゼンチンに渡った加藤は、昨季ウラカンのトップに昇格し、2部で10試合に出場。終盤の大一番で貴重なゴールを決め、入れ替え戦にも出場している。
しかし昇格チームが1部で戦い抜くために戦力を補強するのは当然のことで、FWには元ボカのバリーホなどが加わった。こうなると、加藤は苦しい。「しばらく、出場は難しいな」とホルヘは思っていたが、何と開幕戦で交代出場し、1部デビューを飾ってしまった。高原のように実績がある選手は別とし、ユースから昇格して1部でプレーした日本人は、彼が初めてだと思う。
何人かの日本人選手とは接触を持ち、たまには食事にも誘っているが、実は加藤とは面識なし。おまけに、勝手な予想をしていたものだから、デビュー戦には行っていない。まあ、その日は別件があったので、そちらを優先したのだが。とにかく、気分としては、ノーマークの相手にズドーンとゴールを決められたようなものである。「ノーマーク」などと書くと、もし加藤がこれを読んだら怒るだろうから、とりあえず謝っておく。「加藤君、ごめんなさい」
遅ればせながら、彼と接触を持つべく、後日ウラカンの練習に足を運んだ。この日はスタジアムでの練習。このスタジアムに来るのは久しぶり。2部に落ちる前で、モネールがいたときだから、6~7年前だろう。またここは、94年に初めてアルゼンチンを訪れた際、ウラカンvsリーベルを取材した思い出の場所でもある。ただしそれは、カメラマン席にいたホルヘが日本人だとわかると、「お前らがいい選手をみんな持っていくから、弱くなったんだ」と逆恨みしたリーベルファンから、唾を吐きかけられたという悪い思い出だが。当時は、リーベルから横浜マリノスに、優れた選手がたくさん移籍していたものだ。
練習後、加藤に声をかけて、「はじめまして」のごあいさつ。日本人がアルゼンチンで1部デビューするという偉業を達成しただけに、相当なツワモノだと予想していた。しかし言葉を交わすと、拍子抜けするほど謙虚な青年。チャラチャラしたところも一切ない。第一印象で、ホルヘは好印象を抱いた。
デビュー戦の出来は不満足だった、という加藤。その言葉を裏づけるかのように、次節のラヌース戦はレセルバ要員。レセルバというのは、日本のサテライトに相当するもので、通常は1軍の試合の前に前座として行われる。加藤は先発フル出場するも、得点には絡めず。1軍がアウエーで1-1の引き分けを演じたため、第3節も彼にトップからお呼びはかからなかった。
デビューを果たしたとはいえ、レギュラーはおろかサブにすら定着はしていない。いうなれば、まだまだこれからの選手。しかし今季中になんとか、与えられたトップでの出場機会を生かし、高原の持つアルゼンチン1部リーグでの日本人得点記録(1点)は更新してもらいたい。うまい具合に3~4点でも取れば、日本からも注目される。U-22が北京オリンピック切符を勝ち取れば、“海外で通用した選手”として、本大会のメンバーに加えられるかも知れない。そういった大きな夢を抱いてがんばってもらいたいし、ホルヘも応援したい。
今後も彼の活躍は紹介していくが、特集記事などは、“ストライカーDX”本誌のほうで掲載されるかもしれないので、そちらのチェックもお忘れなく。 |