第94回全国高校サッカー選手権大会 全試合完全レポート

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第94回全国高校サッカー選手権大会
特別コラム

2016年01月15日

松尾祐希 取材・文

最弱から最強への謙虚なやつらの物語
東福岡最弱世代が頂点に立つまでの軌跡とは

「最弱から最強への謙虚なやつらの物語」。この言葉は東福岡の部室に書き記されたモノだ。「部活を引退した3年生の誰かが(2015年)12月の中旬に書いたと思う」(GK脇野敦至)一文はまさしく、今年のチームを象徴するに相応しい。彼らは謙虚かつひたむきに自らと向き合ったからこそ、夏冬2冠を達成することができたのである。

彼らが東福岡の門をたたいたのは2013年の春。全国各地から伝統の赤ユニを着るべく集まったが、新入生への期待は大きなモノとはいえなかった。夏に行われた1年生大会福岡県中部支部大会でも、筑陽学園に準決勝で敗北。結果がついてこず、いつしか最弱の世代と呼ばれるようになった。

迎えた2014年。Aチームは夏の総体を圧倒的な力で制するなど、「赤い彗星」の強さを全国に轟かせた。その一方で彼らはBチームのメンバーとして、県リーグ1部を制覇。「昨シーズンの県リーグは三宅(海斗)、橋本(和征)、毎熊(晟矢)、林(雄都)などが出ていたかな」(渡邊剛コーチ)と2年生となった多くの選手が、試合に関わり研さんを積んだ。当時、Bチームで指揮を執っていた渡邊コーチは「県リーグは断トツで優勝した。1試合平均で得点は4、失点は1で強かったし、そこで場数を踏んでくれた。そして、彼らは1年のときから謙虚だった」と当時を振り返る。自らを過信せず、経験値を積む。日々の繰り返しが17勝1敗、得失点差+64につながったのだ。

最終学年となった彼らは九州新人戦で3位という成績を収めた。しかし、プレミアリーグEAST開幕戦ではC大阪U-18に1−6の大敗。「今年はお休みのチーム」(志波芳則総監督)「彼らが3年生になって、不安材料は沢山あった」(森重潤也監督)というように、攻守において全国レベルにはほど遠いという現実を突きつけられた。あくまで、2年時は県リーグ1部で優勝しただけ。昨季の面々が全国総体を制したことを考えれば、まだまだ物足りなかったのである。すると、彼らは持ち前の謙虚さで再び自らの実力と向き合った。攻撃面では「FWと中盤が三角形を意識して、サイドも突破するのではなくて、うまく使うこと」(主将・MF中村健人)、守備面ではいかに体を張って泥臭く守りきるか。「みんなの意識が練習から変わった。一人ひとりが局面で負けない」(中村)ことをベースに彼らは戦い方を見直すと、第2節G大阪ユース戦以降の5試合で4勝1分を記録。夏の総体予選でも油断することなく出場権を勝ち取ることに成功した。本大会でも優勝候補とは見られていなかったが、彼らは全国の猛者たちを次々に撃破。「本当に悪い試合もあった。でも、それを勝ちきれたことは成長したと思う」(脇野)。彼らは接戦をモノにすることで自信をつけ、夏の連覇を達成したのである。

総体で優勝を果たすと、彼らの注目度は著しく上がった。メディアに取りあげられることも多くなり、プレッシャーを感じることも多くなった。その環境は自分たちの力を見誤り、我を見失ってもおかしくはない状況である。しかし、昨年の総体優勝を経験した中村や脇野、餅山大輝は、頂点に立つことで生まれるスキを誰よりも知っていた。だからこそ、他の選手たちには「昨年を経験したメンバーが他の選手に伝えている。練習とか普通の会話からそこを意識していた」(中村)と危機感を伝え、日々の練習に励んだ。その結果がプレミアリーグでの奮闘につながり、2位という結果をもたらしたのだ。

冬の選手権は周知のように圧倒的な強さを見せ、17年ぶりの栄冠を勝ち取った。「やってもらうこと何ごとにも感謝すること。何ごとも自分1人ではできないし、周りの人がいたからこそサッカーができるし、優勝もできた。何ごとにも感謝することが大事」(脇野)。1つ1つのことに対し、誠実に向き合ったからこそ夏冬制覇につながったのである。終わってみれば、新人戦、総体、リーグ戦、選手権(昨季はそれぞれ、九州大会グループリーグ敗退、優勝、7位、3回戦敗退)のすべてで、昨季の増山朝陽(現・神戸)、中島賢星(現・横浜FM)らの最強世代をしのぐ結果を成し遂げた。「最後にこのような舞台で結果を残した選手たちが素晴らしい」。最後の最後に森重監督からお褒めの言葉をもらった選手たち。彼らは紛れもなく高校サッカー界に名を残すチームだった。謙虚に戦うことで最強と呼ぶに相応しい結果を残した彼らは、もう最弱などではない。

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