
第1回大会 1981年2月11日
ナシオナル・モンテビデオ(ウルグアイ)1-0ノッティンガム・フォレスト(イングランド)
第2回大会 81年12月13日
フラメンゴ(ブラジル)3-0リバプール(イングランド) |
菊地 大会は「クラブワールドカップ」に名前を変えて新しいですけど、多くの日本人にとって、毎年12月のこの大会は、「トヨタカップ」からの流れでとらえているわけでしょ? 小さいころからよく見ていたという人が多いだろうし、毎年ハーフタイムに第1回大会からの映像が流れますよね。
小池 「ゴール、ゴール、ゴール!」だね。
菊地 そう、それ。みんなそれで映像も刷り込まれて、よく覚えているわけですよ。だから、自分にとって、トヨタカップはコレみたいなのがあるから、語るには面白い内容なのかなと。だから「ああ、そんなことあったなあ」なんて楽しんでいただければと思います。
小池 日本では、サッカーを見る機会は、テレビを含めてずっとワールドカップとダイヤモンドサッカーとこのトヨタカップだったわけじゃない? 毎年ものすごく楽しみにしていたよね。
菊地 本当にそうですよね。
昼間 トヨタカップは前身のインターコンチネンタルカップが、いろんな面でうまく運営できなくて、それなら日本でということで始まった大会。第1回は1981年の2月に行われているんだけど、手を挙げたのが前の年の秋らしくって、かなり短い時間でバタバタと準備したらしい。
菊地 そうなんですか。
昼間 それで、何で2月かっていうと、前年のヨーロッパチャンピオンのノッティンガムが、翌年もチャンピオンズカップに出ていたんだけど、早く負けちゃってスケジュールが空いていたんだって。だからノッティンガムが勝ち上がっていたら……。
菊地 トヨタカップは開催されていなかったかもしれない? へぇ、そうだったんですか。
昼間 ノッティンガムのクラフ監督の就任当時は、チームはまだ2部だった。でも、2部で優勝して1部に上がり、その上がった年に優勝。翌年チャンピオンズカップに優勝してトヨタカップに来たんだ。もう亡くなってるんだけど、このクラフ監督は今でもイングランドに信望者が多いんだって。
菊地 この試合は見に行ってるんですか?
昼間 行ってた。ちょうど大学生だったね。それで、第3回あたりは記憶がないんだけど、これは就職して東京にいなかったから。
小池 オレは第1回、2回大会は、ライブやオンタイムで見ていない。だから、それこそ「ゴール、ゴール、ゴール!」で覚えている。それに以前は、試合の前日だったか、もうちょっと前の夜中に、過去のハイライト映像を流す番組があったんだ。何か、むしろこっちを見逃すなって、色めきたっちゃって。
菊地 まあ、そんなわけでビクトリーノのゴールですよ。カルトクイズなら初歩中の初歩って感じですけど。
昼間 前年にウルグアイで、ワールドカップ開催50周年を記念した、コパ・デ・オロって大会があって、ウルグアイがブラジルを破って優勝してる。そのときにもゴールを決めたのがこのビクトリーノだった。
小池 この試合ってプラカードのお姉さんの先導でさ、両チームがマラソンゲートのあたりから入ってきたんだよね。
昼間 第2回大会から12月の第2週になったんだよね。
菊地 第2回といえばジーコですね。
小池 やはりこれもゴールシーンと、MVPの賞品のセリカに乗ってポーズを取るジーコだね。
菊地 あの、セリカをブラジルでもしばらく乗っていたのは有名な話ですよね。
昼間 10何年経って、ジーコサッカースクールの取材でブラジルにいったときにも、まだ大事そうに乗っていた。
菊地 えっ!? そんなに!?
小池 この年は「足のいいやつ賞」っていうのもあったみたいだね。2得点のヌネスがもらってる。
菊地 これも車で、カリーナをもらってました。
昼間 リバプールはグロブラーというGKが有名で、アフリカのジンバブエ代表だったんだよね。当時アフリカの選手がイングランドでプレーって珍しかったから、よく覚えている。
菊地 グロブラーがいるから、ジンバブエっていう国を覚えましたもんね。
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