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Q1 1.賛同できる(ゲーム時間も45分マッチとすべき)
Q2 ・選手を(チームを)ゆとりを持って指導でき、育てることができる。それに反し、一発勝負は、指導者も、選手も追い込まれ、行き過ぎたトラブルが発生し、選手のみならず、指導者にもたくさんの弊害をもたらす ・早くからリーグ戦、45分の戦い方を覚える ・勝ちゲームの逃げ方、試合中のゲームの変化に対する対応を覚える ・サッカーの観戦の仕方も変わる
Q3 無回答
Q4 無回答
Q5 先のワールドカップ23名中、19名の選手が高校経由である。高校サッカーがどう変わればよいかではなく、日本独自の選手育成を考えるべきだと思う。
サッカー先進国の育成は、食費・生活費・学費・ただである。そして、結果が出なければ、とたんに首切り。篩にかけるのも素早く、厳しい。この文化は日本には向かない。サッカーする子供から上納金?を取る国である。高体連に収め、協会に納め、地域協会に治めるところもある。ジュニアやユースにサッカーだけのエリートを作ろうと思っても無理だろう。日本人の家庭環境、教育環境、文化、伝統、社会環境が欧米や南米と同じであるなら、現在のどこかの国のコピーでよいかもしれない。しかし日本は違う。協会のほとんどの人が大学出身であるように教育先進国という文化もある。プロになっても寿命の短いスポーツ。親、兄弟一生暮らせる一流の職業文化になるだろうか。熱しやすく覚めやすい国民性。人気も定着しているわけではない。代表がワールドカップに行けなかった途端に状況が一変する危険性もまだある。
欧米・南米の子供は、自立の度合いが違う。そしてハングリーな環境がベースにあることを知らなくてはいけないだろう。福島のエリートプログラムも、必ず失敗するだろう。日本の文化にはそぐわないと思っている。
高校野球からたくさんの立派な選手が育つように、下部組織に経費を注ぐよりプロの選手に多くの経費を注ぐべきだ。日本の文化に即した育成方法は、整備された教育環境を利用したほうが得策ではないだろうか。もっと、自由にいろんな環境で育てない限り、野性味あるスーパー選手は出ないだろう。教えられていない選手は自分で求めるパワーが違う。経験上、気づくことだが上手い子ばかり集めても駄目、優越感も重要な要素、そして、たくさんの応援も、彼らには必要。高校選手権とエリート軍団のユース選手権の観客はどちらが多いだろうか?これが日本である。なぜ育成に利用しない。高校は、新旧交代で、しばらく氷河期を迎えるかもしれないが、草の根で頑張る指導者がいる限り高校サッカーはさらに進化するだろう。
大会のあり方を変えるにあたっては、方法論としてはたくさん模索できるし可能だと思う。根本的に改革をするなら・協会サイドで、どの大会もリーグ戦として育成のコンセプトとして統一したらと思う。また、他の種目と日程やらを合わせなければいけない高体連が、足かせになっているので、高校野球のように高体連から脱退して独立、・高サ連というのはどうか。体育協会から、他種目への分配金が増えて歓迎されるのでは? |